後藤管区長は1987年4月に入社後、約8年間新宿駅で駅員として勤務した。「SE車前面の『あさぎり』の愛称板を外して取り替えたり、洗ってホームで乾かしたりしていました」と思い出を語る。
車内で「走る喫茶室」のサービスがあった時代、車両に給水をするのも駅員の仕事だったという。「水を扱うし、ホースの先も金属だったので、気をつけないと感電しちゃうんですよ」。
SE車と「あさぎり」の思い出
SE車は5両編成を2本つなげて10両編成で運行することがあった。「A号車・B号車と分かれていて通り抜けはできないのですが、特急の改札で間違えたほうに案内してしまい、あとで怒られたことがあります」。
ロマンスカーの車両はSEからRSE、そしてMSEと世代交代。そして列車の愛称もあさぎりからふじさんと改まったが、連絡線の役割は昔も今も変わらない。ふじさん号の運転や新造車両の搬入を陰で支える新松田駅は、小田急のなかでは目立たない駅かもしれないが、ほかにはない役割を担っている。

