企業、個人とも中国のAI利用度、親和性が異常に高いのは、中国の成長と軌を一にしているから。中国は1980年代に改革開放が始まって、90年代から2000年代に一気に成長してきました。それとインターネットの進化は時期がかぶるんです。
だから中国では、テクノロジーが進化してきたことで自分たちは豊かになったという、テックへの信頼感が過剰に強い。
アメリカに関しては、宗教的な価値観が指摘されています。人間を作るのは神だけであり、人間そっくりのAIロボットのようなものを人間が作るのは神への冒涜であると。
日本人が緩やかにAIと向き合う可能性
それに比べると日本は、ドラえもん、鉄腕アトム、ガンダム、などの例がすぐ浮かぶように、ロボットや人工知能に対するアニメ的な親和性がとても高い。だから、アメリカほどには気にしないという主張です。
どのメディアで読んだか定かではないですが、日本人はロボットやAIが導入されると、すぐに名前をつけたがる。欧米ではあり得ない、といった主張の海外の記事を読んだことがあります。
確かに、80年代くらいから、日本で産業ロボットのようなものが現場に導入されてきたときに、そのロボットに「花子」とか「太郎」と名前をつけていたことがあった。産業用のアーム一本だけのロボットに対してもです。擬人化が好きなんですね。
それがAIにも当てはまっていて、いまの日本人には、AIを友人として扱っている人はとても多い印象を持ちます。その点で、この本に書かれている反AIという感じよりは、もう少し緩やかに、社会とか生活の中にAIを取り入れていく可能性が高いのではないでしょうか。
日本のAI開発について、悲観的な意見もあり、いまさらゼロベースでLLMの開発は難しいと指摘されています。
ただ、LLMの開発だけがすべてではありません。AIをロボットや機械を組み合わせて活用するフィジカルAIという分野もあります。日本は少子高齢化で人口が減っていく課題先進国であり、製造業にはまだまだ現場力があります。
そこまで批判的、悲観的にAIを見なくてもいいのではないでしょうか。


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