■居場所は「回復の呼吸」を取り戻す場所
学校には行けないけれど、「よりみち屋」には来ることができる子がいます。「よりみち屋」は、東京の江戸川区で私たちが関わっている駄菓子屋で、子どもたちの「居場所」です。
朝は無理。集団授業も無理。評価も怖い。何かを生み出さなければならない場所は、つらい。でも、「行くだけの場所」なら行ける。午後なら行ける。少人数なら話せる。いるだけでいいなら、いられる。
ここで私が何度も思い知らされたのは、「目的がないこと」の力です。
制度のサービスや学校の支援は、どうしても目的が明確になりやすい。それ自体は大切です。けれど、目的が強すぎると、そこに入れない子が増える。
ただし、ここにも難しさがあります。「いるだけでいい場所」は救いになります。でも、その場所に慣れすぎると、次の段階に進みにくくなることがある。
進まないことにも、本人は不安になる。だから私は思います。居場所は「安住」の場所ではなく、「回復の呼吸」を取り戻す場所であってほしい、と。
休む。少し動く。また休む。また動く。その繰り返しを安心して試せる場所が、「回復の呼吸」を取り戻す場所です。
講演後に「相談会」が始まる
■「動かない日々」が孤独を深化させる
毎年、地域の小中学校で講演をさせていただきます。テーマは「ひきこもり・不登校の子どもへの寄り添い方」や「いのちの授業」。
講演が終わると、自然と列ができます。予定していなかったはずの「相談会」が始まります。
最初の1人が口を開くまで、少し時間がかかる。けれど、誰かが話し始めると、次の人も、その次の人も、言葉があふれてくる。


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