「名鉄」の呼び名で知られる名古屋鉄道は「赤い電車」で親しまれてきた私鉄だ。近年は銀色のステンレス車両なども増え、車体全体が真っ赤な電車の割合は減ったが、それでも名鉄といえば赤い電車のイメージは変わらない。
「パノラマカー」を筆頭にさまざまな名車を生んできた名鉄は、かつてはそのパノラマカーとともに戦前の流線形車両や各種の旧型車、気動車特急「北アルプス」、さらに支線では大正生まれの車両も走るなどバラエティの豊富さでは大手私鉄の中でも群を抜いていた。そして、筆者にとって名鉄は「写真家への第一歩」でもあった。
今回は、パノラマカーが主役として活躍していたころの、かつての名鉄について振り返ってみたい。
鮮烈だった「パノラマカー」
福井県生まれの筆者は、ちょうど東海道新幹線の開業や東京オリンピック開
昭和30年代末、名鉄に初めて乗ったときの印象はよく覚えている。地方から大都市に出ただけに「地下駅」も新鮮だったが、一番はターミナルである新名古屋駅(現・名鉄名古屋駅)の乗り場の複雑さだ。今でもそうだが、同駅は2本の線路と3つのホームだけでさまざまな行き先の列車をさばいている。そして、乗った常滑線の電車は、形式は覚えていないが郷里の福井鉄道とさして変わらないような旧型車だった。

