そのころ大きな変化を遂げた路線があった。ほかの名鉄線と接続していない「離れ小島」の瀬戸線である。現在は地下駅の栄町がターミナルだが、かつては堀川が起点で、電車は名古屋城の外堀の中を走っていた。お堀の中なのでカーブはほぼ直角の急曲線で、狭い橋をくぐるために複線の線路を単線分のスペースに重ねた形の「ガントレット」があるなど特徴ある区間だった。
お堀を走る区間が廃止されたのは1976年2月で、栄町への地下線は1978年8月に開業した。地下化・都心乗り入れによって瀬戸線は近代的路線に生まれ変わり、現在では全車両がステンレス車両となっているが、大都会の中のお堀を旧型電車が走っていた時代からするとまさに隔世の感がある。
大正生まれの卵型電車
さまざまな支線区も名鉄の面白さであった。とくに撮影に通ったのは、すでに廃止になってしまった岐阜の市内線や揖斐線・谷汲線、そして美濃町線といった路線である。中でも岐阜市内線と揖斐線の直通急行に使われた、大正時代生まれのモ510形・モ520形の存在感は強烈であった。

