卵型の車体に前面5枚窓の旧型車両が花形の急行として、路面電車である岐阜市内線では急カーブを「くの字」になって走り抜け、忠節から先、鉄道線の揖斐線では一気にスピードを上げて走り出す。その姿に惹かれて頻繁に訪れていたが、2005年までに岐阜周辺のこれらの線区は全て廃止されてしまったのは残念である。
バラエティ豊かだった名鉄
支線区のユニークな車両としてはレールバスもあった。1984年に、閑散線区だった八百津線(2001年廃止)に投入されたキハ10形は、電化私鉄がローカル線の合理化策として2軸の小型レールバスを導入したことで注目された。
電化設備を撤去してコスト削減を図るという触れ込みだったが、そこまでしなければ厳しい状況なのかと感じさせる車両でもあった。支線用の気動車はその後大型のキハ20形・キハ30形も登場したが、いずれも比較的早期に姿を消してしまった。そして、いくつもの支線区が廃止されてしまったことも残念だった。
筆者は今も名古屋の親類などを訪ねると、名鉄電車にカメラを向ける。現在も中部国際空港アクセス特急の「ミュースカイ」や「パノラマsuper」をはじめさまざまな車両が走っており、車種は豊富だ。ただ、かつてほとんどの車両が「赤一色」の塗装ながら、戦前生まれの電車からパノラマカーまで、雑多といえるほどバラエティに富んでいた時代を思い起こすと、やや寂しさを感じなくもない。

