そんな中で鮮烈な存在だったのはやはり「パノラマカー」である。運転台を2階に上げて前面に展望席を設けた日本初の車両として1961年にデビューし、当時はまさに新時代の電車だった。初めて乗ったときは「こんな電車があるのか」と大きなカルチャーショックを受けた。
憧れの「展望席」
パノラマカーといえば、なんといっても最前部の展望席だ。筆者が最も好きだった車窓風景は、地下の新名古屋駅に進入していく場面だった。岐阜方面からだと、栄生駅を過ぎてから列車は地下へと潜っていき、やがてカーブした新名古屋駅ホームの灯りが前面に広がる。これが何とも言えず好きな瞬間だった。プロの写真家となってからは、運転台での同乗取材も行った。パノラマカーの運転台からすれ違うパノラマカーを見るのは、10代のころパノラマカーに鮮烈な印象を受けた者として感慨深いものがあった。
展望席には、前面展望以外の楽しみもあった。スピードメーターだ。乗るとここに最高速度の「110」が表示されるのをいつも期待していたが、108、109……と上がって110が表示されると嬉しかったものだ。
前面展望式のパノラマカーの登場には、当時のイタリアを代表する列車だった「セッテベロ」が影響を与えたといわれる。筆者は1970年代、ヨーロッパの鉄道の取材に力を入れ、セッテベロも同乗取材を行った。パノラマカーの存在が、ヨーロッパの特急列車の魅力に気づかせてくれたともいえる。

