バーベキューや、川沿いの巨大な岩でボルダリングができる他、カヌースクールもある。充実の施設に、7泊する客もいるというから驚いた。筆者が訪れた日も、高知県のカヌー講習の団体が長期滞在していた。
「毎年来てくれるお客さんもいて、おしゃべりも楽しいよ」
キャンプ場の受付へ行くと、長年働くスタッフがそう教えてくれた。6年働く浦井益美さんは、中学生の時に笠置山に登ったことがきっかけでこの町を好きになり、その後笠置町に嫁いできた。藤田順子さんは、いこいの館の喫茶店で長く働いていたが、閉館後はキャンプ場で働いている。受付を担う7人はほとんどが地元のパート女性だ。
かつてキャンプ場の近くでは、「鍋-1グランプリ」という催しが10年近く続いていた。笠置町の名物キジ鍋や、全国の名物フグ鍋や鴨鍋、チーズフォンデュ鍋などが並び、最盛期には1万人を集めたという。2025年2月に開催された際も7000人が訪れた。
夏には花火大会も開かれていた。谷間で上げるため距離が近く、音の大きさも評判だったそうだ。しかし、運営を担う人手の確保が難しくなり、どちらも現在は行われていない。
「人は来るんだけど、なかなかお金が落ちないんですよ」
キャンプ場の利用料は低額、バーベキューの材料は持参する人が多い。かつて地域に消費を生んだ大きなイベントもなくなった。キャンプ場自体は今もにぎわっているが、その人の流れを町内の経済につなげるには課題が残る。
実際、2025年の観光入込客数15万8356人のうち、日帰り客は15万6471人(98.8%)を占め、宿泊客はわずか1885人(1.2%)だった。観光客は訪れているものの、宿泊や飲食など町内での消費につながる仕組みは、まだ十分とはいえない。
こうした観光の課題を変えようと、笠置町は国に「河川のオープン化」を申請していた。それが2026年7月8日付で許可され、河川敷の利用形態が規制緩和される。これまで難しかった民間事業者との連携やイベント開催など、新たな活用の幅が広がることが期待されている。
そんな笠置町で、町の名前を背負って売られているものがある。100年以上前に一度は姿を消し、近年になって復刻した一本の炭酸サイダーだ。
「昔、砂糖を持って炭酸が湧く川原に行った」
100年以上前、この町の川原の岩盤から炭酸水が湧いていたという。1872年に発見され、1880年頃には「山城炭酸水」として売られていた記録がある。三ツ矢サイダーの起源とされる「平野水」より4年早いという説もあるが、確たる史料があるわけではない。
現在、その湧出地はダムの建設で川の流れが変わった説や川の氾濫による説もあるが、川底に沈んだまま、正確な場所を知る者は、もういない。


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