『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆(集英社新書)
最後は、少しメタな本です。「仕事ができないと思われたくない」と悩んでいると、どうしても、「では、もっと仕事ができる人になるにはどうすればいいのか?」と考えてしまいます。
でも一度、「そもそも、なぜ自分はこんなに『仕事ができるかどうか』で自分を評価しているんだろう?」と問い直してみてもいいと思うのです。
この本は、明治から現代までの労働と読書の歴史をたどりながら、仕事と趣味がなぜ両立しにくくなったのか、そして仕事がどうして人間のアイデンティティの中心になっていったのかを考えます。最終章で扱われるのは、「全身全霊」で働くことそのものへの問いです。
僕は、この「相対化」が高学歴の人にはかなり重要だと思います。受験では、偏差値や合格というわかりやすい尺度がありました。そして就職すると、会社名、年収、昇進、社内評価という別の尺度が現れる。
真面目な人ほど、新しい採点表が配られたと思って、そこでも100点を取ろうとしてしまうのです。でも、仕事は人生の一部であって、人生そのものではありません。そういう観点でこの本を読み直してみると、きっと何か発見があるのではないでしょうか。
高学歴の人に必要なのは「もっと頑張ること」ではない
こうして5冊を並べてみると、高学歴の人が仕事でつまずくときの問題には、共通点があるように思います。
それは、自分の中だけで仕事を完結させようとしてしまうことです。自分で答えを出してから相談する。自分でやったほうが早いと抱え込む。完成するまで人に見せない。自分の中の100点に届くまで終われない。そして最後には、仕事上の点数と、自分自身の価値まで一体化させてしまう。
でも仕事は、そもそも「一人で受ける試験」ではありません。途中で相談し、他人に任せ、未完成のものを見せ、相手からフィードバックを受けながら、一緒に正解をつくっていくものです。
だから、「東大卒なのに使えない」と言われないために必要なのは、東大卒らしくもっと完璧に働くことではない。
相談する。任せる。30点で出す。不完全さを受け入れる。そして、仕事そのものを相対化する。
そうやって、「受験とは違うルール」に自分の能力を適応させていくことなのだと思います。
高学歴の人には、すでに努力する力があります。深く考える力もあります。だからこそ、新しく必要なのは「もっと頑張ること」ではありません。
今までの努力の仕方を、少し変えることなのではないでしょうか。



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