その「精子バンク」は、JR東京駅の八重洲口から歩いて4分ほどの10階建てオフィスビルの1階に入っていた。2026年7月21日の昼どき、私は、腹をすかせたビジネスパーソンが行き交う表通りを横切って小路を歩き、「プライベートケアクリニック東京(PCCT)」の玄関先に立った。呼び鈴を鳴らし、精子バンク部門マネージャーの伊藤ひろみさんに面談を求めた。同クリニックはもともと性感染症の専門診療機関で、不妊カウンセラーの伊藤さんは、併設された精子バンクの実務を仕切っている。
精子バンクとは、ドナーが提供した精子を検査して凍結保存し、それを必要としている人を診る医療機関に供給する施設だ。精子を受け取った医療機関は、患者の非配偶者間人工授精(AID)や、体外受精(IVF-D)、顕微授精などの生殖補助医療に提供精子を使っている。ただし、日本では法に基づいた精子バンクは確立されていない。
日本で精子バンクの役割を担ってきたのは、日本産科婦人科学会(日産婦)の自主ルールで認められた17の医療機関のみだ。それらの医療機関は一般向けに名前や所在地は公表されておらず、受診したい人はネット検索などで見つけなくてはならない。しかも、17医療機関の多くがドナーの完全な匿名性を条件としてAIDを実施してきた。つまり、ドナーからの精子提供は法的に空白かつ玉石混淆のグレーゾーンで、密やかに行われてきたのである。
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