男女カップルを対象とした体外受精や顕微授精、凍結胚移植などの「生殖補助医療(ART)」が急速に普及している。2023年には全出生児の約12%、8万5048人がARTで誕生(日本産科婦人科学会)。少子化対策で、22年に医療保険が適用されたことが急増の背景にある。
一方、保険が適用されない生殖医療も行われている。例えば、夫が無精子症で第三者から提供された精子を妻の子宮に注入する「非配偶者間人工授精(AID)」や、提供精子・提供卵子を使った体外受精、子宮欠損の妻と夫の配偶子を体外受精させて親族(妻の母、姉妹)が代理母となる「代理出産」などが挙げられる。すでに、AIDで生まれた子どもの数は2万人に達したともいう。
だが、こうした生殖医療は法的に未整備な領域が広く、制度的には曖昧な状態に置かれている。生まれてきた子どもの「出自を知る権利」や、告知の葛藤、親子関係を維持する難しさなども横たわる。私たちは生殖医療とどう向き合っていけばいいのか。
著書『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』で第48回講談社 本田靖春ノンフィクション賞を受賞した作家、山岡淳一郎氏によるデジタル特集【ルポ 血と縁 生殖医療――新しい家族を求めて】の第1回は、無精子症に苦しんだ男性の煩悶の正体に迫る。
2014年の夏。生殖医療専門クリニックが集積する大阪・うめきたの一角で、一人の男性患者の人生を決定づける手術が行われた。
「無精子症」の診断を受けた寺山竜生さんは、緑色の術衣を着てベッドに横たわっていた。全身を青い滅菌シートが覆い、手術部位の陰嚢(睾丸)周辺だけが露出している。
左のベッドサイドには泌尿器科専門医でリプロダクションクリニック大阪CEOの石川智基医師が立っていた。石川医師は、右手の注射器で陰嚢の上部の精索(血管や神経、精管などが束になっているひも状の構造体)に局所麻酔を打つ。
「ぐーっと押される感じがありますね」と声をかけると、寺山さんはうなずいた。ややあって、石川医師はメスで右の陰嚢の皮膚を切り、精子をつくる臓器、精巣をあらわにした。「マイクロテセ(micro-TESE:顕微鏡下精巣内精子回収法)」の始まりである。
この手術は、無精子症の患者にとって、自分の遺伝子を次の代に残せるかどうかの究極の試練だ。事前に石川医師は術式のイラストを描きながら、寺山さんに、こう説明していた。
「無精子症には、精子が精巣でつくられてはいるけど、その通り道が詰まっている閉塞性無精子症と、精子をつくる機能自体が低下した非閉塞性無精子症の2種類があります。閉塞性なら通り道を再建する方法もありますが、あなたは非閉塞性つまり、精子の製造工場が稼働していない状態です」
「ただし、わずかに精子がつくられている可能性はあります。なので、顕微鏡で精巣をのぞきながら、精子をつくる精細管を取り出します。精巣には精細管という直径約0.15〜0.3mmの管が1000本ほど詰まっていて、その一本、一本で精子がつくられます。大部分が機能していなくても少量の精子があるかもしれません。取り出した精細管は、手術台の横でスタンバイしている胚培養士に渡します。その場で、胚培養士が精細管をディッシュ(皿)に受けて、精子を探すのです」
手術室の壁には2つの大型モニターがはめ込まれていた。そこに、石川医師が精細管を採取している術野(手術部分)と、胚培養士が精子を探しているディッシュの動画がそれぞれ映し出されるという。
「映像を見ながら、寺山さんご自身に、精子があるかどうかを確認していただけます。そのほうが、どちらに転んでも、納得がいくでしょう。精子が見つかったら冷凍保存して、後日、奥さんの卵子との顕微授精につなげます。この方法で、無精子症の方の4人に1人の精子が見つかっています」
想像していた痛みの100倍の激痛
石川医師の説明を聞き、寺山さんはわらにもすがる思いで手術を受けることにした。ただ、実際に陰嚢の皮をメスで切られ、さらに表に出た精巣を包む白膜を切り開かれると、「想像していた痛みの100倍の激痛」(寺山さん)に見舞われ、額に脂汗が浮いた。
手術中、何度も「先生、痛い。痛いからもっと麻酔を」と口走った。
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