有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ライフ #今日も日本で

上がり続ける新大久保の家賃、それでも韓国の人気店が次々上陸…40年間隆盛を見続けた韓国出身実業家が語る《舞台裏》

13分で読める
新大久保 鄭宰旭
40年間、変化し続ける新大久保を見てきた鄭宰旭(てい・あきら)さん(写真:筆者撮影)
2/7 PAGES
3/7 PAGES
4/7 PAGES

実在の料理人たちが腕を競うこの番組、日本でも韓流ファンの間で評判を呼んだ。韓国のドラマなどになにか料理が出てくると、新大久保で食べられる場所はないかファンはチェックする。その需要に応えるように店を出す。SNS専門の社員を雇用している店もけっこうあるそうだ。

かつて日本のごく普通の商店街だった大久保通りはいまやコリアンストリートに(写真:筆者撮影)

とはいっても、商売はそう簡単ではない。

「韓国で売れているからといって、必ず成功するわけじゃない。人気のチェーン店を持ってきても、うまくいかなかったこともあります」

たとえお客が入っても、「韓流の聖地」となった新大久保の家賃はきわめて高い。一部は銀座並みといわれる。そうなると、どれだけ売れてもあまり儲けが出ないこともある。

また、いまの韓流ブームの主役は10代の女性だ。中高生も多いから、どうしても客単価は低くなる。そのため、リーズナブルな食べ放題や飲み放題の店も増えているのだが、それは結果として町全体の売り上げの低下につながりはしないか……そんなジレンマも抱える。賑わいの裏では、なかなかにシビアな現実がある。

「次に流行りそうなメニューですか? いや、それがいちばん難しい。わかれば苦労はありません(笑)」

韓国の店が、数軒しかなかった1985年

鄭さんは釜山に生まれた。植民地時代に、日本人コミュニティがあった地域だった。

「近くに日本領事館もあって、畳のある家も残っていて。だから日本はすごく身近でした。当時は日本のほうがずっと経済的に豊かだったし、憧れがありましたね」

そんな気持ちから、大学では日本語学科に入った。卒業後に選んだのは日本への留学。後押ししたのは、1983年に中曽根康弘首相の提唱のもと始まった「留学生10万人計画」だ。日本の教育機関では、留学生の受け入れ拡充が進められ、ビザの取得もしやすくなった。

一方の韓国では、まだ海外旅行は完全に自由化されていなかったが、国費留学生を中心に、政府の許可を得て海外へと学びに出る若者たちが増えつつあった。そんな波の中に、鄭さんもいた。

5/7 PAGES
6/7 PAGES
7/7 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数