「クラスの人気者というわけでもなく、端っこで静かに座っているような感じでした。成績は、悪くはなかったですね。
母によると、先生から『昭太郎くんは、気分が乗らないとよく窓の外を見ていて、何を考えているのかわからない』と言われていたそうです。一方で『成績が悪いわけでもないし、叱らないであげて』と言ってくれてもいたようで、おかげでのんびりしたまま過ごせました」
中学ではテニス部に所属し、高校ではバンド活動も始めた。結果として横浜国立大学に進学したが、高校3年生まではあまり成績が良くなかったと振り返る。夏の学園祭を終えてからの半年で猛烈に勉強したことが、受験に生きた。
横浜国立大学に進学したのは、地元を出て関東圏に行きたかったから。志望は経済学部で、家庭の事情から国公立のみを受験することになった結果、同大学を選んだ。念願の関東で一人暮らしを始めた一方、就職で地元に戻ったのは家族の意向が大きかったという。
「姉と妹がいて、男は自分だけ。父から地元に戻ってきてほしいという思いも聞いていましたし、戻ろうかなと。当然、葛藤はありました」
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その葛藤が、以降の人生でも軸になっていく「自分の人生を諦めたくない」という思いだった。就職活動をする中でその思いを強くしていたが、両親の願いでもあるし、入社後は「せっかくなら頑張ろう。出世してやろう」と意気込んだという。それでも、自分を裏切ることはできず3年ほどで退職した。
きっかけになったのは、ふと自分の口から飛び出た言葉だった。
「鎌倉にある海辺のレストランで、友人と食事していたんです。とっても海が綺麗で素敵なお店だなあと思いながら。それなのに、自分の口からは『これから出世してやる』『こんな感じで、仕事を頑張りたい』と、仕事に関する言葉ばかりが出てきていて……。自分の感覚と、実際に話していることがずれていたんですね。それで、どちらが本当の自分なのか混乱して『あれ、おかしいぞ』と」

