なだらかな坂道をひたすら歩いていくと、途中、山肌が平らにならされ赤レンガ造りで築かれていたのを目にした。
森は滴り、うっすら霧が立ち込める。そのまま進もう、ラピュタは嵐の中にいる。
まるでダンジョンのような地下通路を進む
30分ほど坂道を登りきると、山道から一転、ただならぬ空気が漂うエリアにたどり着いた。「第3砲台跡」だ。
地下への階段が3カ所あった。立入禁止とも書いていない。懐中電灯の出番だ。濡れた足元を照らしながら、滑らないように、慎重に降りる。
視線を移すと地下通路が広がっていた。
この建造物は一体何なのか。ここで少しだけ友ヶ島の歴史に触れておきたい。
友ヶ島は、明治時代から第2次世界大戦が終わるまで、京阪神(京都・大阪・神戸)エリアを敵艦から守るための軍事要塞拠点だった。

