6年生になり、中学受験が迫る。だが、Kさんの成績は志望校に届く状態ではなかった。
結果は、大失敗だった。第1志望にも第2志望にも落ち、最終的に行き着いたのは第4志望の中堅中高一貫校だった。
いじめっ子は、第1志望に合格した。
さらに両親の反応が、Kさんの心にもう一つの傷を刻んだ。受験の結果が出たあと、母親はこう言ったという。
「あんたはもうダメね」
母親の関心は、弟へと移っていった。弟も同じ私立小学校に通っていた。兄が「ダメ」になったいま、親の教育リソースは、残された弟に集中されることになる。Kさんは、そのときの母親の表情を、いまでも鮮明に覚えている。
「自分は頭が悪い」「自分はダメだ」
Kさんの内面は、そこでかなり凹んでしまった。元来明るい性格だったそうだが、暗い性格になってしまった。私立小学校で6年間刷り込まれた「自分は頭が悪い」「自分はダメだ」という自己認知は、中学に上がっても簡単には消えなかった。
そんな中で進学した“第4志望の中学校”は生徒の自己肯定感を上げることを方針のひとつに掲げていた。
周りの良いところを褒め合う。自分のことを貶すのをやめる。クラス全体でそういう習慣を積み上げる――という方針が学校として強くあり、道徳の時間がかなり充実していた。
Kさんにとって、それは新鮮だった。
「小学校の道徳の時間って、みんなほとんど寝てるか、違う科目の勉強を内職していたもんで。あと、僕の時だけかもしれないですけど、その小学校でも道徳って軽視されてた感じで。そういう時間にちゃんと向き合うっていうのが、逆に新鮮だったんです」
私立小学校では、道徳の授業などは勉強時間の「隙間」に過ぎなかった。成績に直結しない時間は、さっさと宿題を片付ける時間に充てるのが当然だった。「自分はどんな人間か」「他人の良いところは何か」といった話を、クラス全体でじっくり掘り下げる――そんな時間は、あの学校では一度もなかった。
その時間の中で、彼は時折、教師に対してこうこぼしたという。
「でも、俺なんてダメなんですよ。俺なんて腐ってるから」
それに対して、先生はこう言った。
「いやいや、人間の精神が腐り切るなんていうことは、絶対にないんだよ」
ちなみにこのセリフはドラマ『3年B組金八先生』の第2シリーズで、金八先生が「腐ったみかん」の例えで語った言葉だったそうだ。Kさん自身はこのドラマを観たことがないそうだが、なんとなくその言葉が刺さったという。

