とはいえ、あからさまな不当解雇はされない。雇い止めとなった社員は希望とかけ離れた派遣先を提案され、自ら辞めるよう仕向けられた。これにより少なくない派遣社員が会社を去っていったという。
そしてメグミさんも数年前、20年近く勤めた派遣先である大手電子機器メーカーの関連会社を雇い止めにされる。派遣元から提案されたのは、片道3時間近くかかる出勤日のある職場や、まったく未経験の業種だった。メグミさんも2カ月を待たずして退職。
それは50歳を過ぎてからの転職活動が始まることを意味した。
映像に関心がありCGを習うも…
メグミさんは首都圏出身。テレビや映画の映像に関心があり、地元の公立高校を卒業後、まだ珍しかったコンピューターグラフィックを学ぶため、専門学校に進んだ。
このときに就職した同級生たちが、ぎりぎりバブル景気の恩恵を受けた世代だ。
メグミさんが専門学校を卒業するころには、世の中は就職氷河期に突入していた。当時は性別を限定した募集は違法ではなく、ようやく見つけた求人が「男性のみ」のことも。「差別」という認識もないまま、メグミさんら女子学生たちは、男性以上に厳しい競争を強いられた。
なんとか地方都市にあるデザイン制作会社に正社員として就職したものの、そこは長時間労働にもかかわらず、残業代が一切払われない悪質企業だった。連日深夜まで働いても毎月の手取り額は15万円ほど。当たり前のように太ももをなでてくる上司もいたという。
さらに不幸なことに、メグミさんは婦人科系の病気を発症してしまう。日常生活にも支障をきたすほど重症だったが、セクハラが横行する社内で、病気のことを相談することはできなかった。結局、1年ほどで退職。転職した首都圏にある別の会社は、数年で倒産した。
その後は仕事と治療と両立させるために、フリーランスとして経験を積んだ。一度、取引先の大手企業から正社員にならないかと誘われたことがあるが、病気のために泣く泣く断ったという。

