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5年で店舗5倍超…少子化なのに「体操教室で上場」 "水泳越え"狙うネイス、急拡大の裏で現場の採用・育成は追いつくのか

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上場セレモニーでバク転を披露する南社長(写真:筆者撮影)

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6月30日、東京証券取引所。上場セレモニーの会場が異様な盛り上がりを見せた。

上場の鐘を鳴らす南社長(写真:筆者撮影)

グロース市場への上場を果たしたネイスの南友介社長が、バク転、そしてバク宙を披露したのだ。恒例の「上場の鐘」を鳴らした瞬間よりも大きな歓声だった。東証によれば、このようなパフォーマンスは上場セレモニーで史上初だという。

日本代表として国際舞台にも立ったが…

創業時からネイスを率いる南社長は、かつて日の丸を背負った体操選手だった。

1980年10月、大阪府生まれ。小学校1年生のとき、ジャッキー・チェン出演の映画を観てバク転に憧れ、体操を始めた。ジュニアクラブで力をつけ、体操の名門・岡山県の関西高校へ進学。そこで才能が開花し、冨田洋之氏、水鳥寿思氏(ともに2004年アテネ五輪体操男子団体金メダリスト)とともに日本代表として国際舞台に立った。しかし、日本体育大学でも競技を続けたが、怪我もあり日本代表からは遠ざかる。大学卒業と同時に選手生活に幕を下ろした。

高校生のとき、南社長(左)はアテネ五輪金メダリストの水鳥選手(中央)、冨田選手(右)と日の丸を背負った(写真:ネイス提供)

「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」。2004年アテネ五輪体操男子団体決勝、冨田選手の鉄棒着地を実況した名フレーズだ。日本中が固唾を飲んで見守るその舞台を、南社長はテレビの前で見ていた。「その姿に嫉妬していた」。かつて同じ日の丸を背負った仲間がそこにいて、自分だけがいない。くすぶる悔しさを抱えていた。

大学卒業後は大手企業の営業職やベンチャー企業などを渡り歩いたが、「体操ばかりしてきて社会のことを知らなかった。定時で働き続けること、会社員であることにストレスがたまった」(南社長)という。

「自分で会社を立ち上げるしかない」。30歳を目前にした2010年9月、起業に踏み切った。当初は自宅を訪問して逆上がりのやり方などを教える体育教師派遣業からスタートしたが、問い合わせは思うように集まらない。保護者から「自宅ではなく、教室があるなら通わせたい」との声を受け、2011年2月、1号店となる東川口校(埼玉県川口市)をオープンした。

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