有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ライフ

「まれに見る台無し謝罪」 山本太郎"ごめんね文書"と鬼越"ダブル短パン"に教訓…《見た目のコスト》が評価決めるワケ

9分で読める
山本太郎 鬼越トマホーク
謝罪の様式や見た目で、「本当に反省しているのか?」という印象を与えてしまった2人(画像:左は山本太郎氏の公式サイト、右はYouTube「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」より)
  • 宮本 文幸 「見た目」戦略研究家/桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授
2/6 PAGES
3/6 PAGES

言葉のうえでは誠実な謝罪だったにもかかわらず、ネットで話題になったのは服装だった。2人とも半ズボン姿で登場したのである。Yahoo!ニュースのコメント欄にも、《せめて良ちゃんだけでもスーツとかで謝罪が欲しかったかな?》という声が寄せられていた。

謝罪動画ではテーブル下も映っており、ハーフパンツであることが明らかに。シャツも派手な柄であることから、動画には「およそ謝罪していると思えない服装で草」「謝罪する気ないだろwwwww」というコメントがついていた(画像:YouTube「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」より)

これも山本氏の文書と同じ構造だ。謝罪の言葉そのものは誠実であっても、それを包む「構え」がまるで伴っていなかった。視聴者は無意識のうちに、話の中身よりも先に、服装という視覚情報から「この人は今、どれだけ本気なのか」を判定してしまう。中身と様式のミスマッチが、謝罪全体の信頼性を損ねてしまったのである。

興味深いのは、批判が発言内容と服装の両方に向けられながらも、「服装」への言及がひときわ目立った点だ。

経緯説明や反省の弁そのものについても「言い訳に終始している」と厳しく評する声は少なくなかったが、それとは別の切り口として「せめてスーツで」という指摘が繰り返し出てきたことは、視聴者が言語情報とは別に、視覚情報だけを取り出して評価している証左だと言える。

人は、相手が何を話しているかを理解するより先に、相手がどんな姿をしているかを無意識のうちに評価してしまう生き物なのである。

なぜ「体裁」が内容以上に語ってしまうのか

この2つの事例が示しているのは、謝罪や危機対応の場面では、内容そのものよりも先に「様式」が誠意の指標として読み取られてしまう、という人間の情報処理の癖である。

4/6 PAGES
5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数