団体の中では様々な人と親しくなり、悩みを打ち明け合える友人もできたという。「あ、でもギフテッドだからって、みんながみんな悩んでるわけじゃないですからね」。やおとさんはそう付け加えた。気配り上手な一面を感じさせる。
「ギフテッド」への思いと、伝えたいこと
高IQ団体に入ったことで、ドラマや映画の中の単語だった「ギフテッド」を”自分ごと”として聞くことになった。しかし、やおとさん自身は「ギフテッド」という言葉は好きではないという。
「与えられた能力、っていうのがしっくりこなくて。ギフテッドっていうとなんか、何もかもすごい人みたいなイメージがあるじゃないですか。でも自分はそうじゃないし、一つの検査結果だけで人は決まらないと思うんです」
高IQというと、それを鼻にかける人の姿が浮かぶかもしれない。しかし、やおとさんが与える印象はそれとは真逆だ。
では、自分のことを何と呼びたいか、と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「知能検査の、特定の部分が得意な人」
ギフテッド特性を持つ人々の人生には、まだまだ難しさがあるのが現状だ。健やかに生きていくには、どのようなことが必要なのだろうか。ひとりの高い知的能力を持つ当事者として、やおとさんはこう語る。
「これから生きていく子どもたちに対しては、ギフテッドであることを、免罪符や言い訳にしないでほしいと思っています。同じユニークな発言でも、変だと思う人々も、面白がってくれる人々もいる。生きていくにはある程度の”スルースキル”が必要だし、環境を変えて味方を探すのも大事かもしれませんね」

