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「考える力」を鍛えるだけでは危ない、プラトンが見抜いた思考の罠→「もっと考えろ」と安易に言ってはいけない深い訳

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プラトン像
プラトンは「考える技法」を、若者に安易に教えることを戒めていた(写真:evangelos/PIXTA)
  • 吉田 幸司 クロス・フィロソフィーズ社長

INDEX

「もっと考えろ」「批判的思考力を磨け」。現代では、「考える力」は無条件に善いものとされがちだ。ところが、西洋哲学の祖プラトンは、その強力な思考の技法を、若者に安易に教えることを戒めていた。
なぜ、「考えること」を追究した哲学者が、若者に思考の技法を授けることを警戒したのか。哲学を事業内容に掲げ、企業で人々の「考える力」を育ててきた経営者・博士(哲学)の吉田幸司氏は、新著『考えない哲学――思考の終わり、行動の始まり』で、思考が真理へと近づく手段になる一方、詭弁や破壊的な懐疑を生み出す危険性もあると指摘する。
本稿では、プラトンの著書『国家』を手がかりに、「考える力」を身に付ける前に必要なものとは何かを読み解く。

哲学の祖が警戒したもの

「もっと考えなさい」「批判的に考える力こそが大切だ」。そう言われて、異を唱える人は少ないだろう。私自身、哲学を仕事にし、企業で人々の「考える力」を育てることを生業にしている。

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だが、その営みを続けるほど、一つの事実が重くのしかかってくる。西洋哲学の祖と呼ばれるプラトンその人が、「考える技法」を、若者に安易に教えることを戒めていたのである。

プラトンは、師ソクラテスを著作に登場させ、「よく生きよ」と説き、「よく生きるとはどういうことか」を問い続けた。善や美そのものを探究する生こそが、哲学者の生である。彼はそう考えた。

その一方で、プラトンは、思考の力が悪用されることを、強く警戒してもいた。

彼が危険視したのは、「弁証術(ディアレクティケー)」と呼ばれる思考の技法を、未成熟な人が扱うことだった。問いと対話を重ね、相手の主張にひそむ矛盾をあらわにしながら、真理や善へと迫っていく。ソクラテスが得意とした、あの問答法である。

一見すると、これ以上ないほど知的で、健全な営みに思える。では、なぜプラトンは、それを警戒したのだろうか。

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