「でも、彼はあなたのお父さんでしょう」と人から言われることもあった。でも、私は気にしなかった。厳しい決断ではあったが、そのときはそれが唯一の正しい選択のように思えた。父と関わることで、手に負えない感情に振り回されたくなかった。
感情のスイッチを切ることはできない
「ストア派哲学は感情を無視する」と言われることもあるが、これは「ストイック」という言葉が日常会話で「禁欲的」という意味だけで用いられるのと同じく、大きな誤解だ。感情は人間の本質であり、人間のDNAに刻み込まれている。感情のスイッチを切ることなどできない。子どもの頃、私たちは親や周りの人たちを通して、感情という目に見えないものの存在を少しずつ学んでいく。この学びが、私たちを他者と結びつける。
ストア派哲学によれば、感情とは出来事に対する私たちの判断の結果である。感情それ自体は、良いものでも悪いものでもない。それは、ある状況に対するあなたの判断と思考の反映なのだ。
ストア派哲学では、目先の感情に従って行動しないように努める。苛立ちや怒り、高揚感に基づいて選択をしないようにするということだ。その代わりに、感情の背後にある思考や判断を理解して、より良い判断を下そうとする。
どうすれば感情を深く理解できるのか? 答えは簡単だ。じっくり考え、正しい問いを自問すること。私たちは感情を抱きながら、同時にそれを省察する能力を備えている。「私は激怒している。それは事実だ。でも、それはなぜなのか?」。このような思考ができることは、私たち人間が持つ素晴らしい特質である。
セネカはそれを「傷」の比喩を用いて例えている。怪我をして身体に傷を負っても、適切な手当てをすれば、次第にそれは治っていく。しかし、親しい友人にひどく気分を害されるようなことを言われると、それは深い心の傷になる。私たちは、肉体的な傷を負ったときにはそれを癒す方法を自然に考えるが、心の傷は放置しがちである。それは残念なことだ。なぜなら、心の傷は一生の苦しみにつながり得るからだ。

