「平面のパーツを組み合わせて立体を作れば、面白いのでは──」
吉條さんはすぐに、その場にあった紙を手に取った。四角形、三角形。ジョイント部分を描き、ハサミで切り抜く。
「平面にも、立体にも、球体にもなる! これだ!」
LaQの原型が誕生した瞬間だった。何十種類もの試作を繰り返し、より小さく、より軽く改良した。
「LaQ」は、7種類のパーツを組み合わせてつなげるパズルブロックだ。カラーは基本13色。パーツとパーツを合わせると「パチッ」、外すときは「カチッ」と気持ちのいい音がする。
アイデアをたった一人で形にしようと奮闘する吉條さんの口癖は、「2年までが我慢の限界。3年経ったら意地。できるまでやらないと気がすまない」。
そうして、5年が経過した。徐々に形ができあがっていく過程で、子ども向けの玩具として販売するのが最適だと考えるようになった。
1993年、LaQがついに完成した。名前は、「球体」が作れるブロックという意味から「Q」。語感を重視して、フランス語で使われる「ラ」をつけ、「LaQ」とした。
「限られたパーツからあらゆる形を創造することができるLaQは、日本の伝統である着物からも発想を得ています。一枚の布を体型に合わせて着物に仕立てる。成長にともなってお直しをする。布の状態によっては、座布団にしたりお手玉にしたり。LaQも、使う人の成長やライフスタイルの変化に合わせて形を変えるというコンセプトのもとに開発されてるんです」(永井さん)
累積赤字8000万円、それでも「売れると思った」
「これは、絶対に売れる!」
1994年、吉條さんは完成したLaQを手に、東京や大阪の玩具問屋を訪問した。だが、世間はファミコン全盛期。おもちゃ屋にLaQを置いてもらっても、子ども達はまったく興味を見せなかった。
「絶対に世の中の子ども達が喜ぶはず」と信じていた吉條さんは、金型の生産設備を整え、営業担当者も雇っていた。当時の累積赤字は、8000万円にも上ったという。
売れない日々は、4年続いた。自分のことを「どしぶとい」と語る吉條さんは、諦めずに営業活動を続けた。理髪店にガソリンスタンド、目に入ってきたあらゆる店に飛び込みで営業をかけ、頭を下げて商品を預けた。
「絶対に良い商品だから、まずは子どもの手に触れてもらうことが最優先」
転機は書店から訪れる。児童書エリアに、子ども達がLaQに触れられる体験コーナーを設置してもらうと1週間後、預けていたLaQがすべて完売したと連絡があった。


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