有料会員登録 東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資 #新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場

日本が再成長するために必要な真の戦略とは何か、それは結局、小中学校の教育を変えることだ

15分で読める
日本が強くなるために本当に必要なこととは何か。その1つは小中学校の教育にある(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)
  • 小幡 績 慶応義塾大学大学院教授
2/5 PAGES
3/5 PAGES

そうなると、ロジックも捨てないといけない。ロジックに縛られては、真実は見えない。なぜなら、事実はロジックとは無関係に存在するのであり、その事実を説明するのに便利なのがロジック(論理)であり、方便にすぎない。

だから、フレームの解毒の次は、分析を禁止する。分析をするのは、最後の最後だ。分析では真実は見つからない。真実が見つかった後、その真実が、ほんとうの真実か、確かめるため、検証するために分析するのであって、分析を始めた途端に、真実を見つめる目は曇る。エゴ、私利私欲が生まれる。なぜなら、自分がいいたいこと、結論にしたいことに合わせて現実を見ようとしてしまうからだ。だから、分析をしてはいけないし、あとで、どう分析するか、先に考えてもいけない。

こうなると、世の中のほとんどの経済学者、経営学者は、ダメだ、ということになる。彼らは、研究論文では、実証をしなくてはいけないし、政策提言も「エビデンス(根拠)を示せ」と人にも言うし、自分にも課する。

そうなると、エビデンスが得やすい結論、仮説へ、自らバイアス(偏った見方)をかけてしまう。検証プロセスに乗りそうもないことは、研究対象としない。だから、世の中の人々からはどうでもいいことばかり、エビデンスが得られるものを研究してばかりいるか、あるいは、世の中の全員が知っていることをエビデンスで実証してみせる。客観的なエビデンスが、検証できるようなデータがあるようなことは、その根拠の現象はすでに世の中にあふれているので、みんな当たり前に知っていることばかりになる。

ひたすら、五感と第六感で「感じ」「見て」「観察」する

実は、ディープラーニングも、ロジック、説明を放棄したことにより、高い蓋然性の回答を出せるようになった。今は、推論のステージに進んでいるというが、AIがネット世界だけでなく、世の中のデータすべてを観察できるようになれば、推論する必要もない。

真実とは「AI様」が出した究極的な蓋然性であり、それが神のお告げとなるだけのことで、いずれにせよ、因果推論は真実の発見に役立たない。真実を自分では見えない人に見えた人が説明するのに必要なのが、ロジックであるが、ブッダ(ゴータマ・シッダールタ)は、「それは自分で見えるしかない」と説く(ワールポラ・ラーフラ著『ブッタが説いたこと』岩波文庫)。私もそう思う。フレームワーク、分析、ロジックを禁止して、さらには、考えることも禁止する。理由は同じである。「下手の考え休むに似たり」であり、上手の考えも、目を曇らせ、五感と第六感を不感症にする。純粋な真実に比べれば、小賢しいのである。心理学者・行動経済学者のダニエル・カーネマン的に言えば「システム2(ひとことで言えばロジック)を使おうとすると、システム1(直感)の精度が落ちる」のである。

まあ、そもそも、システム1とシステム2に分けて説明すること自体、カーネマンはわれわれを馬鹿にしているようなものだ。彼自身、これは正しくはないが、こう説明するとわかりやすい、と自身で、その著書で述べている。要は、間違っている、と自分で言っているのだ。

「システム1とシステム2は相互作用の下にある」と言ったほうが、まだ真実に近いのであり、システム2つまり、ロジックに気を取られると、その前の「観察」を100%完了する前に、分析に移ってしまうことになり、要は、真実は捉えられず、間違う。野球で、ショートゴロを完全に捕球する前に、ダブルプレーでセカンドに投げることを考えると、ボールから目が離れてミスをする、というのと似ている。

つまり、ひたすら、五感と第六感で「感じ」「見て」「観察」しろ、ということである(実は、観察には次の段階が入っているので、観察の前に感じることが重要なのではあるが)。

4/5 PAGES
5/5 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数