500系の定期列車としての引退がドクターイエローT5編成と同じタイミングになったことは、T5編成にとっても大きな意味がある。JR東海のT4編成が引退した際、まるでドクターイエローが2編成とも引退したと誤解されかねないほど、多くのメディアに熱狂的に報じられた。
T5編成の引退もT4編成と同じくらいの盛り上がりが期待できるか。そう考えたとき、500系と合わせたプロモーションを行えば、話題性は高まるし、今度引退するドクターイエローがJR西日本の保有車であることも理解しやすくなる。JR西日本は今後、500系とドクターイエローの2つをキービジュアルにしてさまざまなPR展開を行っていくという。
「JR西の象徴」500系
JR西日本は1987年の会社発足後、1995年に阪神・淡路大震災に遭遇し、1996年に株式上場するという激動の時代を送った。そして1997年に登場した500系は同社が初めて設計段階から単独で開発した新幹線である。
当時の倉坂社長は、現場を切り盛りする中堅社員の1人として、株式上場の準備や決算業務を担当していた。500系を目の当たりにして「民営化されたJR西日本の1つの象徴になる」と感じたという。
500系は営業速度として初めて時速300kmを実現し、高速運転を支えるとともに騒音を抑えるためのロングノーズの先頭形状や円筒形の車体、またフクロウの羽に着想を得た空気抵抗を減らす翼型パンタグラフの搭載など、当時の最新技術を組み入れて設計された。JR西日本にとって500系とは進取の精神を体現した車両だといえる。

