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「生命の定義」を変えた科学者死す、ゲノム科学をリードしたクレイグ・ベンター博士の功績と合成生物学の未来

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ゲノム科学に巨大な足跡を残したクレイグ・ベンター博士。2026年4月に79歳で死去(写真:NewYorkTimes)

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「生命科学界の異端児」と呼ばれたアメリカの科学者で起業家のクレイグ・ベンター博士が4月、79歳で死去した。死因はがん治療の予期せぬ副作用だった。

生物のゲノム(全遺伝情報)を解読してデジタル情報として扱うゲノム科学、そして工学的なアプローチで生物を「作って」理解する合成生物学。ベンターはこの2つの分野を開拓した稀有な科学者だ。

本連載では、科学や科学技術のリアルな姿を通して今の時代を読み解いていく。連載の記事一覧はこちら

筆者は10年ほど前、『合成生物学の衝撃』(文藝春秋)という本を書くためにアメリカに1年間滞在し、多くの研究者にインタビューした。多彩な研究者たちが織りなすこの分野の歴史の中でも、先見性と大胆な実行力を併せ持つベンターの存在は別格だった。ベンターや、彼と研究を共にした主な研究者たちへの取材は今も忘れがたい。

ベンターが世界の注目を浴びたのは、1990年代後半、日米欧などの各国政府が出資する公的なヒトゲノム解読プロジェクトに対して、自ら設立したベンチャー企業を率いて競争を挑んだときである。熾烈な競争は「引き分け」に終わったが、ベンターの参戦がヒトゲノム解読を大幅に加速させたのは間違いない。

だがベンターの真骨頂は、ゲノムを「読む」時代が始まったばかりのその時期に、早くも次の「書く(合成する)」時代の到来を予見し、革新的なプロジェクトでその流れを作っていったことだろう。それは、「生命の定義」を変える試みでもあった。

ベトナム戦争で「生命の本質」に興味を持った

型破りな人物として知られるベンターは、科学者になるまでの過程も起伏に富んでいる。コミュニティカレッジ在学中に徴兵され、ベトナム戦争に衛生兵として従軍。戦争の狂気と死の恐怖にさらされる日々の中で「生命の本質」に興味を抱いた。少年時代は劣等生だったが、戦場から生還すると生まれ変わったように学業に打ち込み、カリフォルニア大学サンディエゴ校で生理学と薬学の博士号を取得した。

80年代には米国立衛生研究所(NIH)で、当時まだ黎明期だった遺伝子の塩基配列の解読に取り組んだ。開発されたばかりの自動解読装置や新規の手法をいち早く導入し、遺伝子を効率的に解読する「EST法」を考案。早速、ヒトの脳内で働く数百もの遺伝子を解読し、方法の有効性を証明してみせた。同時に、解読した遺伝子の特許を申請したことで物議を醸したが、申請は却下されている。

92年にNIHを去って非営利の研究所とバイオベンチャー企業を設立し、95年に180万塩基対のヘモフィルス・インフルエンザ、58万塩基対のマイコプラズマ・ジェニタリウムという2つの微生物のゲノムの全塩基配列を解読することに成功した。それは、人類が初めて手にした生物のゲノムの完全な情報だった。

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