3つ目は、経済力や住環境の違いを根拠にした声だ。「大谷の経済力があれば、十分なサポートを受けられる」といった論調がXで広がっている。大谷家には一般家庭とは異なる手厚いサポート体制があるのだから、身体的な心配は当てはまらない、という見方だ。
4つ目は、そもそも今回の批判自体の動機を問う、もう一段上からの視点だ。フォロワー18万人超のインフルエンサーのたちばな氏は「大谷翔平を藁人形にしてるだけで、年子出産した真美子を叩きたいんだよねー…」と、批判の裏にある真意を推測していた。
前述した倉田氏も「彼ほどの稼ぎがなければ、年子は問題なの? どんな経済状況であれ、年子であることを理由に非難するのはおかしい」と、経済力で正当化する反論そのものにも疑問を投げかけている。
医学的リスク、個人差、経済力、批判の真意――。これらはどれも「母体への配慮」「真美子さんのため」という似た言葉を使っているのに、実はまったく異なる物差しの上に立っている。だからこそ、議論は噛み合わないまま、平行線をたどっていく。
自分が見ているものこそが「現実」だと思い込む“脳の仕組み”
ここで一度、立ち止まって考えたいことがある。批判する人も、反論する人も、誰一人として、真美子夫人本人の身体の状態や気持ちを直接見聞きしていないという、ごく当たり前の事実だ。
医学的リスクを心配する人は、自分自身の出産体験から推測している。個人差を主張する人は、自分自身や知人の体力や環境の差から推測している。経済力を理由に安心する人は、報道される大谷選手の年俸や、想像される生活水準から推測している。

