誰もが「年子」という、たった1つの事実だけを手がかりに、極めてデリケートで他人には知りうることのできない真美子夫人の状況を、自分の知っている文脈で埋め合わせているのだ。
こうした心の働きは「ナイーブ・リアリズム(素朴実在論)」と言われている(※1)。
人は、自分が見ている世界の見え方こそが、ありのままの客観的な現実だと信じ込む傾向がある。そして、自分と異なる見方をする他人に対しては、「情報が足りないからだ」「合理的に考えていないからだ」「何か偏っているからだ」と捉えてしまうのだ。
今回の論争で起きていたのは、まさにこれだ。医学的リスクを心配する側は、「自分はちゃんと医学的根拠から言っている。反対する人は配慮が足りない」と感じている。個人差を主張する側は、「自分は実情を見て言っている。批判する人は他人の家庭を勝手に決めつけている」と感じている。
どちらも、自分の見方こそが「事実」だと、心の底から信じて疑わない。
なぜ、「自分の見方」を疑いなく信じてしまうのか
ここに、もう1つ、脳の根本的な仕組みが関わっている。
私たちの視覚や聴覚は、常におびただしい量の情報を受け取っている。しかし、その情報のすべてに等しく意識を向けることはできない。脳には、無数の情報の中から「今、自分にとって重要なもの」だけを選び出し、それ以外を意識の外に置いておく仕組みがある。
これは「カクテルパーティー効果」と呼ばれる現象だ(※2)。
大勢の人が同時に話している賑やかなパーティーの場でも、私たちは自分が話している相手の声だけを選び取って聞くことができる。周囲の声は、完全に消えているわけではない。意識の外側で処理されながら、低い優先順位のまま、いわば「待機」させられているのだ。

