ビニール傘を開発した初期の段階で「ビニールを張るなら、骨組みを相当頑丈なものにしないと、素材の強さに骨が負けてすぐに壊れてしまう」ことを会社として学んでいた。
1964年の東京オリンピックを機に、アメリカのバイヤーの目に留まり量産化がスタート。開発当時、先代は、「日本中の傘をすべて(自社の)ビニール傘で埋め尽くす」という野望を持っていた。だが、そうはならなかった。外国製の安いビニール傘の攻勢だ。
簡単に説明すると、70年代にアメリカ市場向けに関税のかからない台湾で委託生産をするうち、現地で技術流出が起こり、アメリカ市場は安価な台湾製が席巻。その後、さらに生産コストの安い中国製となり、日本市場に逆輸入。コンビニや100円ショップの目玉商品となり、現在約1億本といわれる市場の99.9%以上が中国製などのビニール傘となった。
低価格の波に耐えられず国内メーカーは次々に撤退。同社も高級路線を打ち出すまで25年間は苦境に陥った。現在、国内でビニール傘を製造するのはホワイトローズ1社だけだ。
「雨がやめば傘は無用」、ステイタスの存在ではない
日本人は世界でも珍しい「傘が好きな国民性」だという。
筆者は須藤社長に「二極化が進むご時世。最近は近場の買い物には安い傘、お出かけ用にはきちんとした傘、という消費者意識も高まったのではないか?」と聞いてみた。
「私はそうは思いません。そもそも傘は、雨が降るから使うだけで、やんでしまえば無用な手荷物です。新しく開発される駅や街づくり、ビルは、例外なく『雨の日に傘をささずに移動できる構造』をテーマに設計されています。国も自治体も企業も、『人間はみんな、本当は傘なんてさしたくない』という前提で動いていると感じます」
老舗傘メーカーでありながら、須藤氏は冷静に自社が取り巻く環境を見つめている。
「昔の紳士が持っていたステッキや、お洒落な帽子のように、持っているだけで自分のステイタスになるような存在には、現代の傘はなり得ていません。だから使い捨ての安い傘がここまで広まったのには、それなりの理由があるのです。
一方で、若い世代を中心に『モノを使い捨てにする抵抗感』を持つ意識が育っています。修理すれば長く使える当社のビニール傘も若者から関心を持たれることが増えました」

