しかし、教師の仕事は特殊なため、社会人から教師になる場合、今までの力が生かせないことも多いです。教育界も中途採用はもちろん年齢相応の給与から始まりますが、あくまで初任者であることは変わりません。そのため新卒の教員と同じように初任者研修を受けることになっていますが、マナー研修など本来必要のない研修に追われ、力を発揮させてもらうまでに時間がかかる場合も少なくありません。
また、教師の仕事の成果はすぐには見えず、数値化もしにくいものです。どれだけ工夫を重ねても、それが直接的な評価につながるとは限りません。基本的には年功序列となり、どんなによい学級を作ったからと言って臨時ボーナスが出されることはありません。
教員になりやすくし、入口を広げることは賛成です。しかし、質の担保と両立をしなければ、人が増えても教員の働き方改善にはつながりません。
最優先は「教師としての仕事に集中」できる環境
では、どこに手を打つべきなのでしょうか。今回の新課程は、「教員に転身しやすくする」という点では非常に意義があります。特に、これまで教員を志していながら機会を逃してきた中年層にとっては、大きなチャンスになります。多様な経験を持つ人材が学校に入ること自体は、教育の質を高める可能性も秘めています。
一方で、忘れてはならないのは、教員という仕事には明確な適性が求められるという点です。誰でもなれるようにすることと、誰でも続けられる仕事であることは違います。まず子どもたちのことを人として尊重し、自分に合わない子たちでも、その子の将来を考えて寄り添うことのできる心が何より大切です。
新課程に入学してきたやる気のある方々には、教員としてのやりがいだけではなく苦労もしっかり伝えていただき、それでも児童生徒を育てるというやりがいを感じた方に教員になれるようにしていただきたいです。そのためには、新課程を学びながらも学校現場に入り、サポーターや授業をすることで単位になる設計なども必要になってくると考えます。
しかし、最優先すべきことは、免許制度の改変ではなく「教師が教師としての仕事に集中できる環境をつくること」です。
1人ひとりの持ち授業数を減らすこと。授業以外の業務を担う専門スタッフを配置すること。教師が子どもに向き合う時間を増やせる環境を作ること。こうした改革に本気で踏み込まなければ、教員不足は根本的には解決しません。制度を少し変えるだけでは、現場は変わらないのです。
免許状のあり方を議論することは大切です。しかしそれ以上に重要なのは、教師が、子どもに向き合うことに専念できる学校を本気でつくろうとしているかどうかです。教員不足の問題は、資格の問題ではありません。教師という仕事を、社会全体でどう支えるのか。その覚悟が今、問われているのだと思います。



