フィンランドパートで登場する天才ハッカー役のゼファン・スミス=グナイストの存在も目を引きます。多国籍ルーツを持つ端正なルックスがクールな役柄にハマっています。また北欧では悪役で知られるヤスペルだからこそ、ヨン・ライネが善人か悪人かわからない曖昧さも自然に宿っていました。
それでも、個々のキャストが機能しているのに、全体として人物に感情移入しにくい。その象徴が、国際捜査を支援する通訳役の早乙女太一です。優しそうに見せかけて実は怪しい展開を序盤から予想させてしまい、身体能力を生かした怪演が緊張感を底上げしているものの、考察のしがいのなさはミステリー作品として惜しい点です。
全体的な印象として「キャラクターの掘り下げが弱い」「雰囲気はいいが人物の熱量が見えにくい」という声がレビューサイトで上がることも少なくありませんでした。
そして最終回で、その印象は決定的になりました。きれいにまとまっています。でも、きれいにまとまりすぎています。物語が収束するにつれて序盤の不穏な空気が薄れ、北欧ノワールが本来持つ余韻と余白が手放されてしまった印象です。
「説明が唐突すぎた」といったXでの声が一部で上がったように、物語のスケールが大きいだけに、もっと丁寧な伏線回収を期待していた視聴者も少なくなかったようです。なぜそうなったのでしょうか。その答えは、制作の現場にあります。
トリックを好む日本人、感覚重視の北欧人
監督・脚本を手がけた日テレアックスオン所属のダニエル・トイヴォネンは、フランス・リールのドラマ祭「シリーズ・マニア」に登壇し、日本とフィンランドの視聴者の違いをこう明かしていました。
「日本の視聴者は犯人がどうやって殺したのか、トリックや捜査の詳細を後半でしっかり見せることを好みます。一方で北欧の視聴者は、車が雪原を走るドローンショットと暗い音楽だけで十分だったりする。つまり、説明よりも"感覚"が重視されることがあります」
