いわば現実における若者と老人の構図と真逆の状況になり、その振る舞いのあまりの格好良さに強烈な憧れを感じた。さらに、ボール運びがうまい人の打席を見るたびに「自分ももっとうまくなりたい……!」という向上心もくすぐられた。
きっとこうした向上心こそが、老後の生きがいになっていくのだろう。日常から完全に離れた時間を過ごしながら、1回1回のゲームに真剣に向き合う時間は得難い体験だった。
そんなことを考えながら4ゲームすべてに参加。「次こそはもっと上手に打とう」「ヘッドが揺れないように、狙った場所に打ちこもう」と考えながら打席を重ねたのだが、時間が経てば経つほど狙った場所にボールを打てなくなっていた。
スティックがやけに重い。いや、スティックの重さは最初から変わっていない。重くなったのは私の腕のほうだ。2時間振り回し続けた腕には乳酸がたっぷり溜まり、もはや自分の意思とは無関係に震えていた。
打席に立つ。狙いを定める。振る。ボールは、第1ゲートの左を大きく外れて転がっていく。次の打席。また左にズレる。その次は右に外れた。もはや、うなだれることしかできない。先ほどまで「若いんで」と軽口を叩いていた人物と同一人物とは思えない有様である。
結局、私は最終ゲームで一度も第1ゲートを通過できなかった。ゲートを通せなければ、ゲームには参加できない。私はただ時間いっぱいスタートラインに立ち続け、ゲートを外し続けるだけの存在になった。
そのコートでは、還暦を超えた先輩たちが、相変わらず淡々とボールを運んでいた。2時間前とまるで変わらない、静かで正確な一打。乳酸でぷるぷる震えているのは、この場で私の腕だけだった。
「最初はみんなそうだよ」「何回も練習したらできるようになるから」。見かねた先輩たちが、口々に慰めてくれる。優しい。優しいのだが、その優しさが、若さを過信してルンルンしていた数時間前の自分の記憶と相まって、いたたまれない。
もしかして介護される側とは、こんな気持ちなのかもしれない。
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