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先週末は、Japanese Economics Reviewという学会誌の特別カンファレンス、プリンストン大学の清滝信宏教授の名誉カンファレンスに出席した。清滝先生は、いつものことだが、本当に素晴らしく、やはり、本物に接する、本物の話を聞く、というのは、こちらの精神が洗われる。なんとかこの効果が消えないうちに、今週(とたぶん来週)の議論をしてみたいと思う。
ただ、清滝先生の研究について、私が要約したり話したりするのは、能力不足、理解不足なので、こちらの記事をご参考にされたい(リーマン危機から世界を“救った”男 世界的な金融危機が発生したときに重要な役割を果たした。経済学者・清滝教授にインタビュー。)
蛇足だが、これを読んだ編集者が、経済学者ってこういう風に考えるんですね、と言ったが、それはたぶん違って、清滝先生や根岸隆先生は、現代の経済学者としては例外的な稀有な存在だと思う。それは自分の経済体系を持っていること。マーシャル経済学体系、ケインズ体系、それと同様に根岸体系、清滝体系。これは現代の多くの優秀な経済学者たちとのもっとも大きな違いである。
清滝理論の本質は、金融の影響力にある
今日は、信用、金融、実体経済と金融市場との関係(金融危機と実体経済恐慌の関係)という、多くの学者が清滝先生の最大の貢献としているテーマについて議論したい。来週は、金融危機とも金融政策とも貨幣とも関係ない話をする。それは、彼の独占的競争のモデルに関連する話の予定。今週も来週も、私のキャパシティを大きく超えた議論であるので、学問的な厳密性もなく、清滝モデルに対する理解も不十分かつ不正確であるので、居酒屋談義での経済学論議だと思ってもらいたい(清滝効果で、いつになく謙虚である)。
さて、清滝=ムーアモデルなど、清滝理論の本質の一つは、信用が必要な世界において、金融機関あるいは金融市場が、実体経済全体に大きく、かつ本質的な影響を与える、というところである。
これは、ケインズ理論の核であり、トービンモデルでもそれが部分的に受け継がれているが、ケインズの「一般理論」登場当初に、ヒックスなどによりアメリカンスタイルに分かりやすく単純化され、さらに後世では、価格の硬直性として処理されてしまった。
その失われた本質を「清滝理論」が復活させ、ニューケインジアンに結び付いた。経済学の世界を、ケインズ、清滝陣営とヒックスあるいは主要なアメリカンマクロ経済学者とに二分すれば、私は、もちろんケインズ・清滝陣営にいる。
しかし、今日は、ケインズ、清滝批判をする。つまり、考慮に値するケインズ理論、清滝理論にチャレンジする、ということである。
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