校長自身は、視察に来る教育委員会のOBらと校長室で談笑していて、現場を労うこともないという。
また、竹中さんが常勤講師を務めていた時期は、ちょうど新型コロナウイルスの感染が拡大していた頃だった。あるとき、同じ学年の教員が同時にコロナに感染し、学年主任も副主任も不在という異常事態に陥った。
「残されたのは私を含めて2人だけ。学級閉鎖になった1クラスを除く3クラスを、ベテランが誰もいない状態で回さなければなりませんでした」
竹中さんは学年全体を閉鎖すべきだと考えたが、管理職の判断は異なった。教科担当が不在のため、授業はほとんどが自習となったが、学校を閉じないことだけが優先された。
唯一の救いは同僚の先生たちとの団結で、管理職に対する不満を共有し、互いを労り合いながら日々を乗り切っていたという。
「サービス業」と化した学校で疲弊する教員たち
産休代替の1年間を何とか終えた竹中さんは、その後、常勤講師を続ける選択はしなかった。
「あの1年を経験して、この働き方では身が持たないと痛感しました。以降は非常勤や会計年度任用職員として勤務しています。責任の重さや残業時間の面でも、今のスタイルのほうが心身ともに余裕を持てます」
