現在、学校現場では団塊世代の定年などボリューム層の大量退職に伴って教員採用数を増やしてきたことから若手が増えており、育休取得教員数と産休・育休代替教員数が増加している。これは小学校、中学校も同じ状況にある(文科省「教師不足の解消に向けた各教育委員会における取組事例」)。
産休代替に限らないが、欠員が出た際に代わりの教員が配置されないことも多く、こうして校長などの管理職が知り合いに声をかけて探すことも非常に多いと聞く。竹中さんは言う。
「最初は自信がなくて迷いましたが、その学校の校長から電話で『1学年4クラスの英語の授業を受け持ってくれればいい』というお話をいただいたので、それならと覚悟を決めてお引き受けすることにしたんです」
しかし、その覚悟は勤務開始の直前に、最悪の形で裏切られることになる。赴任の前日、事務書類の提出のために学校を訪れた際、校長室に呼び出されたのだ。
「そこで突然、『特別支援学級の担任も兼任してほしい』と言われました。『まだ発表前だけれども、もう決まっていることだから』と」
竹中さんは驚愕し、「そんな経験はありません、無理です」と即座に拒否した。それまでティーム・ティーチングとして自立活動の補助に入ったことはあっても、自ら特別支援の指導や担任業務を行ったことは一度もなかったからだ。しかし、校長は竹中さんの不安をいっさい聞き入れることはなかった。
こうして「後出しじゃんけん」のような形で、まったく未知の領域である担任業務を押し付けられたまま、竹中さんの過酷な常勤講師生活はスタートした。
「帰宅が20時、21時を過ぎるのは当たり前」
実際に業務が始まると、竹中さんに課せられた負担は当初の想定をはるかに超えていた。4クラス分の英語の授業を受け持ち、定期テストを作成し、成績をつける。それだけでも手一杯なところに、特別支援学級の担任業務が重くのしかかった。
「3人分の教育支援計画や指導計画を毎学期作成する必要があったのですが、これは保護者の方にも見せる非常に細かい書類なんです。素人の私がコーディネーターの先生に聞きながら、まとめていかなければなりませんでした」
