東洋経済オンラインとは
ライフ

違法だと分かっていながら、つい報酬につられ…《闇バイト》の勧誘の手に落ちてしまう若者が絶えない根本原因

7分で読める
闇バイトへの関与を自己責任として断罪するだけでは、再発防止にはつながらない(写真:mits/PIXTA)
  • 戸谷 洋志 立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授
2/4 PAGES
3/4 PAGES

一般的な市民がターゲットとなる闇バイトの加害者に対して、世論から厳しい批判が噴出するのは、当然と言えば当然です。しかし、私たちがこの事件を真に撲滅したいと願うならば、そのような加害者を生み出している構造そのものに目を向けるべきです。

加害者を単なる悪人とすることは、問題の本質をかえって見えなくさせてしまうでしょう。

災害対策を怠っていたのが悪い?

闇バイトへの対策と同様、社会全体が近視眼的になっていると感じるのが、自然災害への対策です。

近年、気候変動によって災害の激甚化が指摘されています。大規模な地震や豪雨、台風などの災害が起きたあと、「ハザードマップで危険だと示されていたのに、なぜ対策していなかったのか」といった声が聞かれることがあります。

防災グッズを事前に準備していなかった結果、避難所で物資が足りなくなり、困っている人に対しても、あたかもそれが本人の責任であるかのように語られることもあるかも知れません。

とりわけ、被害の大きさが報道で繰り返し伝えられる場面では、個々人の備えの有無に注目が集まりやすく、結果論として批判が強まる傾向も見られます。

防災意識の重要性が繰り返し啓発され、必要な情報も比較的容易に手に入る現代において、個人の備えが被害の程度を左右する場面があるのはたしかでしょう。しかし、だからといってその被害の責任は、被害者本人にあると言えるのでしょうか。

災害という、そもそも人智を超えた現象に対して、こうした責任を語ること自体に、どこか違和感が生じるのは当然であるように思えます。

もちろん、災害に備えるための情報収集や備蓄が被害を軽減し得ることは否定できません。日頃から一定の備えをしているからこそ、有事の際にも比較的落ち着いて行動できる側面もあるでしょう。

しかし、そのことを理由に、災害による被害をもっぱら個人の準備不足として説明してしまうならば、私たちは災害リスクがどのように社会的に配分されているのかという重要な問題を見落としてしまいます。

自然災害のリスクは、どこに住んでいるのかによって大きく依存していますが、居住地の選択は必ずしも自分でコントロールできるものではありません。仕事や家族との兼ね合い、住宅価格、地域のインフラなど、多くの条件によって制約されています。

4/4 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象