貧しさの記憶は、いつしか「2度と同じ思いはしたくない」という原動力に変わっていました。だから私は、お金の近くで働く道を選びました。お金の仕組みを知れば、人生の不安を消せるかもしれない。そんな思いから、信託銀行に就職したのです。
その後もキャリアを重ね、外資系の運用会社で数兆円を動かす立場になりました。年収は何倍にも増え、手にした報酬は、これまでの苦労を埋め合わせてくれるはずでした。ところが、外資系での華やかな日々の中に、思い描いていた「幸せ」は見つかりませんでした。
周囲を見渡しても、心から笑えないでいる。高収入でありながら、「明日クビになるかもしれない」という不安に追われ、絶えずプレッシャーとストレスにさらされていました。
お金がないとできないことがあります。資産を築き、経済的な安心を得る努力は大切です。けれど、お金があることと幸せであることは、必ずしも一致しなかったのです。
お金と幸せは正比例するものではなく、「お金が増えれば幸せになれる」という考えは幻想だったと気づきました。むしろ、お金を手にするほど他人と比べ、より高みを求めずにはいられなくなる。気づけば、終わりの見えない競争の中に身を置いていました。
やがて私はストレス性の難病を患って仕事を続けることが難しくなり、退職を決意しました。
いったい、何のために働き、何のためにお金を増やしてきたのか。お金への執着や憧れが、少しずつ崩れていくのを感じていました。金融の最前線での経験は、私にとって「お金とは何か」「幸せとは何か」を根本から問い直す機会になったのです。
投資がうまくいく3本の柱とは?
退社後は、元同僚とともに、鎌倉投信という独立系の運用会社を共同創業します。
新しい投資会社の立ち上げにあたり、私は外資系時代に身につけた「投資は科学である」という考え方から離れました。
預金・不動産・売上高・利益率など、目に見えるデータに頼るのではなく、「社風・企業文化・経営者の資質・社員のモチベーション・信頼」といった「見えざる資産」に注目することにしたのです。
