プロとして生きることを教えてくれた亡き夫
私の亡き夫、天野滋は、NSPというフォークグループの一員でした。70年代のNSPの絶頂期に知り合い、10年ほどの交際期間を経て、私が28歳のときに結婚。私はもっと早くの結婚を望んでいたのですが、そう運ばなかったのは理由があってのことです。私が大人として出来上がっていなかったのです。
当時、私は漫画家をめざしていました。デザイン学校在学中、新人漫画賞に応募したものの、努力賞止まり。彼のつてで、出版社の漫画編集者について育成してもらえるというチャンスを得、その編集者が担当している漫画家の原稿が間に合わなかった際、穴埋めで私の漫画が雑誌に掲載されたこともありました。
しかし後が続きませんでした。才能以前に、努力を怠っていたためです。そんな甘さを彼はお見通しでした。あるとき「おまえが何かになるまで結婚はしない」と宣言されたのです。当時、ファンクラブ会報誌制作の仕事はしていましたが、彼に依存している私の様子がイヤだったのでしょう。
そんなときにたまたま見つけた光文社『JJ』の記者募集。ダメもとで応募して、まさかの合格。そこから私の本格的な仕事人生が始まりました。
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【人生の浮き沈みを経て】
