彼の存在を改めて大事なものだと感じ始めた頃、彼から突然、末期ガンであると告げられました。NSPが再始動し、彼の仕事も再び勢いにのってきたところでした。
「私が絶対に治す」という思いにかられ、再び共に生きることを決意。仕事を休んで治療につき添い、生活や食事の改善など何でもやりました。
そして、彼から二度目のプロポーズ。私は離婚後も「天野」姓でしたが、戸籍上も「天野佳代子」に戻ったのです。
夫は宣告から1年も経たずに逝ってしまいましたが、彼が教えてくれたやさしさとプロの誇りは、私の中にずっと生き続けています。
60代で『美的GRAND』編集長
私の人生、いつも人に助けられてきました。2001年に創刊した雑誌『美的』の編集長、藤田基予さんから「編集部に入らないか」と声をかけられ、すがるような気持ちで承諾したのは44歳のときです。
基予さんの期待に応えたくて、寝る間を惜しんで働きました。2018年には大人の美容誌『美的GRAND』が創刊。編集長に任命されました。
私は62歳。編集長としての雑誌創刊は並大抵のことではなく、広告営業、スタッフ集め、台割制作、入稿、校了まで、めまぐるしい日々でした。『美的』を通して関係を築いてきた多くの人たちに助けられ、何とかやれていたように思います。
YouTubeの制作チームからお声がかかったのは65歳のとき。大人の美容チャンネルとしてスタートしてから4年が経ちます。順調に登録者が増え、街でお声がけいただくことも増えました。
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【今の私を作っているもの】
