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《祖父あきらめ父は破産》それでも孫は"消滅寸前の布"を拾った「飯は食えない」言われた遠州綿紬が1.3億円売れるまで
「遠州綿紬なら大丈夫」根拠のない自信があった
「自分には商才がないと思っています。ただ、遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)を看板に掲げていると、おもしろがってみんなが集まってくるんですよ」
2006年、旭さんは祖父、父と続いた織物問屋、大幸株式会社から遠州綿紬物事業のみを引き継ぎ、「ぬくもり工房」と名付けた。自信があったわけではない。ただ、遠州綿紬ならいけると信じていた。
なぜなら、浜松市と織物産業の関係は、神の時代までさかのぼる。北西部にある初生衣神社(うぶぎぬじんじゃ)に祀られている織姫様が、伊勢神宮に住む天照大神に毎年衣服を織って捧げていたのだという。
「神様とゆかりのある織物の町」は、日本で奈良と浜松だけ。だから、かつて憧れたエルメスにも負けない強いブランドストーリーが、遠州綿紬にはあると信じた。
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