「さすがにテーブルは無理でしたが、障子もソファも、腕のいい職人さんとつながったことで実現しました。こんなことができる職人なんて、なかなかいませんよ」
当時は社員2名、パート3名。全国的に知られている星野リゾートが、なぜそんな小さな会社に声をかけたのか。遠州綿紬を正面から扱い、その物語を語れる会社が、他になかったからかもしれない。
人に恵まれ、人に助けられてきた旭さん。だが、つながったのは良縁だけではなかった。
善意が招いた落とし穴
順風満帆に見えた旭さんの経営に、初めて深い傷がついたのはこのころだった。
「あるとき、お付き合いのある縫製工場の社長さんから、担い手がいないので、事業を引き受けてくれないかと頼まれたんです。機屋も縫製工場も減少する一方だったので、なんとか力になりたいなと」
これまで仕事上で人の悪い部分をほとんど見てこなかった旭さんは、善意で手を差し伸べた。
しかし蓋を開けると、海外からの技能実習生を長時間労働させて、黒字を保つ工場だった。旭さんが下見に来るときだけ実習生を定時で帰らせ、いなくなったら呼び戻していたのだ。
引き継ぐまで、旭さんはその実態に気づけなかった。
改めるよう主張しても、社長は「それでは事業が回らない」の一点張り。このまま営業を続ければ、ぬくもり工房の事業にも悪影響が出かねない。旭さんは労働基準監督署に相談して実習生の一部を帰国させ、そのほかは別の会社に転職させた。
しかし、社長との溝は埋まらず、最終的に争いは調停に持ち込まれた。解決まで2年を要し、旭さんが損を被る形での幕引きとなった。
「自分で言うのもなんですが、バカ正直だったし、まっすぐすぎた。『この人も自分と同じように、産地のために縫製工場を残したいんだ』って、勝手に思い込んでしまったんですよね」
当時の状況は「大変だった」こと以外、ほとんど覚えていないという。それほど消耗した2年間だったのだ。
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【「自分の経営方針に自信を持ったことは一度もない」】
