旭さんはこの経験から、今後一切本業に関連しないものには手を出さないと決めた。身の丈を知ること――それもまた、20年間で得た経営の知恵のひとつだ。
「長い歴史と文化の上で、ただ遊んでいるだけ」
「界 遠州」の客室やロビーなど、装飾デザインのプロデュースを果たした2013年、ぬくもり工房は現在の場所に店舗兼事務所を設立。名実ともに、地に足のついた会社となった。浜松に本社を置くヤマハやローランドなどの大企業とのコラボレーションも次々と決まっていった。
楽天市場のネットショップで遠州綿紬以外の布の取引をやめたのも、この時期だった。売り上げの3分の2を失ったが、初心を貫き、遠州綿紬一本に賭けた。
「期待半分、不安半分だったかな。でも、行けるって思っていた気がします」
売り上げは一時的に落ちたものの、本業に集中投資したことによるブランディング効果もあり、その後は右肩上がりに伸びていった。
2025年は1.3億円と過去最高の売り上げを叩き出し、現在では台湾やシンガポールにも出店するなど、グローバルマーケットも視野に入れている。シンガポールでは大量のハンカチが3日間で完売するなど、強い手ごたえを感じているという。
「20年やってきましたが、自分の経営方針に自信を持ったことは一度もありません。業界自体が常に危うかったので、いつも綱渡りでした。でも、『遠州綿紬ならいけるんじゃないか』っていう直感だけはずっとありました」
そして旭さんは、内緒話でもするかのようにぐいっと前のめりになり、「あくまでも僕の感覚ですよ?」と前置きし、以下のように続けた。
「遠州綿紬の長い歴史と文化があって、その上に何も持たない兄ちゃんがポンと乗っかって、20年間好き勝手に遊んじゃってる感じがするんです」
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【浜松の織物工房の現状】
