当時の井上礼之社長は、反対者たちに主に3つの話をしたという。①格力が求めているのは最先端技術ではなく汎用技術、②同様の技術はほかの日本メーカーも持っており、ダイキンが断れば格力は他社と組む、③格力も技術開発を進めており、技術習得は時間の問題。習得してしまったら、もう日本企業には頼まない──。納得しない幹部もいる中、格力との合弁設立に踏み切る。
ダイキンは格力の販売網を使ってルームエアコン市場に参入。省エネ型エアコン市場は爆発的に膨らみ、中国でのルームエアコン事業はその後、同社の稼ぎ頭へと成長した。ダイキンの技術供与がなければ中国では他国製エアコンが普及し、ダイキンが稼げる市場にはならなかったかもしれない。
ちなみに10年、日中関係が悪化して日本製品の不買運動が起きたときにも、ダイキン製エアコンの販売に影響は出なかったという。
中国企業との協業に活路
日系企業の多くは、技術優位性と競争優位性をいつまで保ち続けられるのか、考えあぐねている。ファナックの山口賢治社長は「中国メーカーは手ごわい。ローエンドからハイエンド領域へと攻め上がってきている」と警戒する。
技術差が縮まる現実を目の当たりにする企業は、「現地化」に舵を切り始めた。製品開発から量産、市場投入までのスピードが速い中国で勝つため、現地で経営人材や理工系学生を確保する戦略だ。
三菱電機は25年、江蘇省蘇州に中国統括会社を立ち上げ、日本国内の商品企画・開発機能を中国にも置いた。
日系自動車メーカーは、中国企業との協業に活路を見いだす。中国のサプライチェーンや消費者の嗜好に合わせた車づくりに本腰を入れる。


















