「若者は、その時代の変化を真っ先に察知する『炭坑のカナリア』である」――。
そう話すのは、若者分析の決定版として話題の書『
無敵化する若者たち』(東洋経済新報社)を上梓した金沢大学教授の金間大介氏と、若者をはじめ“本を読めなくなった人たち”への徹底取材でテキストメディアの現況をリポートした『
本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形』(中公新書ラクレ)が注目を集める稲田豊史氏。
前回の対談では、現代の若者が、長文理解やストーリー構築に困難を抱える実態を浮き彫りにした。
続く後編のテーマは、若者が「自分の感情」を出さず、「受動的な情報摂取」に甘んじる背景にある価値観の変容について。
変わりゆく「カナリアたち」の姿を通して、日本社会が向かう未来を読み解く。
自分を主語にして語るときには「外的理由」が必要
稲田:『本を読めなくなった人たち』執筆時、学生にグループインタビューをしましたが、ここ数年の調査目的のグルインでよくみられる反応があります。何かクリティカルな質問をすると、反射的に「一般論」を話し始めてしまうんですよ。
たとえば、これは過去に実施した別のグルインですが、将来的にも子供は欲しくないという女子学生に、「どうして?」と聞くと、「昔に比べて夫婦の共働きが増え、経済的に不安な人が増えて……」と、どこかで聞いたような社会背景の説明をスラスラと始める。
それこそ、まるで生成AIのように無難な。こちらが聞きたいのは“あなたが”どうして欲しくないのかの理由なのに。