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キャリア・教育 #無敵化する若者たち

「私個人の意見なので参考には…」自分の感情を封印し、「安全な一般論」を選択する。若者の変容に見る日本社会の行く末

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  • 金間 大介 金沢大学融合研究域教授、北海道医療大学客員教授
  • 稲田 豊史 編集者・ライター
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稲田:インターネットの「検索」は能動的な行為だと思いますが、今はそれすらもしなくなっていますよね。その背景には、ブロードバンド環境が整ったことがあると思います。回線が太くなったので、こちらから能動的に情報を「読み込み」に行かなくても、勝手にどんどん降ってくるようになりました。

分岐点はTwitterに代表されるSNSでしょうね。だからインターネットは、SNS以前と以後とでその性質を分けて考えなくてはならない。SNS以後のインターネットに関して言えば、相対的にはテレビのほうが能動的だったようにも感じます。ネットに能動性が残っているとすれば、生成AIへの悩みごと相談くらいでしょうか。

能動の極致である書店や読書は敬遠される

金間:確かに、一方通行の受動的ツールだと思われていたテレビも、どの番組を観るか、何の番組を予約するかといった行為には個人の主体的な意思が入っています。テレビを「つける」「消す」もそこに意思が反映されています。

ところが今、学生のスマホやタブレットにはプッシュ通知が3分に1回は来て、彼らは吸い込まれるようにそれを見ます。研究室で卒論指導をしているときでさえも。もはや完全に受け身で振り回されています。

稲田:若者はもはや、すべての場において、能動的であろうとする権利ごと剥奪されているように感じます。彼らからしてみれば、情報がバンバン来るから能動的になっている暇すらない、ということかもしれません。

「なぜ、ある種の若者は書店に行かないのか」という話も『本を読めなくなった人たち』の中で触れていますが、書店は能動の極致です。まず書店に行くという固い決意をもって足を運び、さらに自分で棚を見て回り、どれを買うか決めなければなりませんから。

金間:しかも書店で本を選ぶ場合、動画メディアのようにコメント欄がないから、おもしろいかどうか、どう解釈したらいいか、何も答えがないわけですよね。評価を自分で下さなければならないからハードルが高い。読書という行為はものすごい能動の掛け算です。

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【いまや年配も映画を早送りで観ている】

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