二時間に及ぶ手術の末に、夫はどうにか一命を取り留めた。その後、絢香は別室に呼ばれて脳外科医から説明を受けた。
高血圧が引き金になって脳出血を起こしたと見られるらしい。そして脳出血には、長期の入院とリハビリが必要になる。なんらかの後遺症が出る可能性も──。
「それは例えば、どんな後遺症なんですか?」
「脳の左側に出血がありましたので、右の手脚に痺れが残る可能性があります」
「それは平ザルや木べらが握れないくらいの痺れなんでしょうか?」
「ん? 旦那さんは、ラーメン屋でもやってるんですか?」
入院中も店のことを気にかける夫
幸いにも夫は翌日には意識を取り戻し、ICUでの治療の後に一般病棟へ移ることができた。
絢香は毎日のように、病院へ見舞いに行った。夫は頭部に包帯を巻き、点滴に繋がれてベッドに横たわった状態でも、やはり店のことを気にかけていた。
ネットを見る限り、未だあの動画の件は延焼を続けていた。おそらく今現在も、店の電話は鳴り響いていることだろう。
絢香はベッドサイドに座り、林檎の皮を剥いてやる。
「今はお店のことは忘れて、身体のことだけを考えて。これからリハビリも始まるそうだから。飲食店をやるなら身体が資本でしょう」
夫は痺れの残る震える手で林檎の一片を持ち、一口齧(かじ)ったのちにもらす。
「麺屋ムラカミは、ここで閉店するしかないかもしれない。失った信用はたぶんもう取り戻せない。それなら早めに手を引くべきかもしれない……」
そこまで言うと、手にしていた林檎を、水色の院内着へぽろりと落とした。
夫婦での話し合いの末、麺屋ムラカミはひとまず臨時休業をすることになった。夫が回復するまで、いずれにせよ店は開けられない。夫が回復したとしても、誹謗中傷が続くようなら営業は続けられない。
毎月のテナント料を考えれば絶望的な状況だった。確かに現実的には、一、二か月の臨時休業をして、そのまま閉業するしかないのかもしれない。
病院帰りに、絢香は店舗近くの千葉公園へ立ち寄った。公園の桜は青空の下に、今年も満開を迎えていた。花見客にまじって、公園池沿いの散歩道をあてどもなく歩く。




















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