──言い訳するな!
──従業員の教育ができてなかったからだろ!
──どうせ最低賃金で働かせてたんだろ!
──バイト君、こき使われてストレス溜まっておかしくなっちゃったんだね。
店の電話が鳴りやむこともなく、営業するな、閉店しろ、と罵倒してくる。夫は少しでも誤解を解こうと、電話口の相手に丁寧に事情を説明する。私たちが知らないところで、バイトが勝手にやったことなんです。
でも電話口の相手は、責任者は店長のあんただろう! 人のせいにするのか! と罵ってくる。
夫は額に脂汗を滲ませながら、お騒がせして申しわけないです、と平謝りするばかりだった。
何者かに割られた店のドアガラス
結果としてお客さんは激減し、店は一気に赤字に転じた。そして二人は次第に疲弊していった。夜もあまり眠れず、食欲もわかず、頭の片隅で常に匿名の人々を意識してしまう。会ったことも話したこともない、今後の人生でもおそらく関わることはないだろう匿名の人々──。
ある朝、夫婦が店を訪れると、入口のガラスドアが石か何かで割られて粉々になっていた。絢香は床に散らばったガラスの破片を見ながら、自分の心が割られたかの錯覚がした。それは夫も同じだったかもしれない。絢香が裏口から箒(ほうき)とちり取りを持って戻ってきても、夫は未だその場に立ち尽くして呆然としていた。
その夜の閉店後、二人で店内の清掃作業をしているときだった。
夫はデッキブラシで床掃除をしていて、絢香は丼を重ねて棚へしまう作業をしていた。途中、夫に話しかけるも返事がない。もう一度話しかけるも、やはり返事がない。
ねぇ、聞いてる? 夫のほうを向いて問いかける。
絢香は手にしていた丼を、その場に落としてしまった。丼は音を立てて割れた。
夫は厨房の脇で、うつぶせに倒れて意識を失っていた。
夫は救急車で市内の総合病院へと搬送された。救急車の中で隊員の話を聞く限りだと、脳出血の可能性が高いという。つまり命に関わる事態だった。絢香はサイレンの音を聞きながら、自分まで意識が遠のいてしまいそうだった。




















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