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クオンタムリープ
代表取締役 ファウンダー&CEO
出井伸之
世界は劇的に変わる
新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称えるEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー。アメリカで生まれたこの賞は、2001年より日本大会がスタートし、これまで多くの日本人起業家を世界大会に送り出してきた。
今回話を聞くのは、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー日本大会の審査委員長を務める出井伸之氏。かつてソニーという巨大グローバル企業のトップを務めた男の目に、現代の若いベンチャー起業家はどう映っているのか。現状、問題点、さらにビジネスのヒントについて聞いた。
「最近の若者はダメだ」
とは、私は思わない
――出井さんは、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー日本大会の審査委員長をはじめ、近年若い起業家やビジネスパーソンを支援する活動が多いように見受けられます。どのようなお気持ちで取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
出井日本はこれからどんどん新しい価値をつくっていかなければ生き残っていけません。そのために必要なことは、一つは大企業の変革です。大企業が変わっていかなければ、新しい価値は生まれないからです。そして、もう一つ大事なことが、ベンチャーの育成です。ベンチャー企業が育たなければ、日本は元気な国にはなれません。
それでなくても、アメリカと比べて、日本は静かなほうですから(笑)。大企業とベンチャー企業の両方がそろわなければ、日本の経済はうまく回っていきません。私は、そのために少しでもベンチャーをサポートして、日本のお役に立てればという気持ちで取り組んでいます。
――現在の若い起業家やビジネスパーソンを見て、どのように感じますか。
出井「最近の若者はダメだ」ということはピラミッドの壁にも書いてあるようですね。現在も同じような声をよく聞きますが、私は最近の若者がダメとは思いません。
いつの時代でも元気な人は元気だし、そうじゃない人もいます。ただ、現代は過去と比べると成長期を過ぎ、「成熟期」の状態にあります。グローバルに見れば、アジアは成長期であっても、日本は成熟期にある。一般に35歳以下の若者は、成熟期に育った人が多く、バブルも知らない。そういう意味で、目線が少し低くなっているという気はしています。
たとえば、ソニーは終戦後に生まれ、70年ほど経つわけですが、今は創業の時代とは何もかもが違う。今は成熟期の中で成長するために、大企業、ベンチャー問わず、グローバルに発想する必要がある。そのためにも、若い起業家たちももう少し目線、志を高くしてもいいんじゃないかと思う面はあります。
「森」「木」「虫」
さまざまな視点で物事を見る
――若い起業家を見る際に、どんなところに注目しますか。
出井もちろん能力は大事ですが、一緒に飲みに行ったりして、人柄を見るようにしています。何事も人柄が大事です。たとえば、ゴルフを一緒にしている時に、キャディにぶつぶつ文句を言っているような人とは絶対に仕事をしません。
さらに言えば、頼んだこと、やってくれたことへのレスポンスも大事です。年長者だからといって、何かをしてもらうだけではなく、時には恩返しをすることも必要でしょう。どんな人間にも心のバランスシートがありますから。
――今回のタイトルが「愚直に続けたから成功した、ワケじゃない」というものなのですが、出井さんが、これだけは社会に出てから一貫して愚直にやり続けている、というものがあれば教えていただけますか。
出井勉強、ですね。もっと言えば、好奇心に基づいた研究です。世の中の変化を、いつも好奇心を持って研究することを愚直にやり続けてきました。研究と言っても簡単なことです。興味のあるキーワードを見つけたら、その関連の本を読んでみたり、人に会いに行ったりするのです。
最近、興味があるのは、人工知能です。書店で本を探すと、人工知能は危険だと主張する本が多いようですが、その逆を主張する本はないのか。いつも、そうした賛否両方の本を読むようにしています。
さらにベンチャー経営者ならば、自分の好きな産業があれば、それをどう変えてみたいのか。つねに、「森」「木」「虫」といったように、いくつもの視点で物事を見ることを心掛けることが大事だと思います。
見えなかったものが見えてくる
「美人コンテスト」で得られるもの
――ベンチャー起業家にとって、EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーなど、企業に対する賞はどのような意味を持つでしょうか。
出井私は、一種の美人コンテストだと考えています。人から見て、どう見えるのか。つまり、自分の会社を他人の目から見るとどう見えるのかがわかるということです。知らない人にはきちんと説明しなければなりません。それは株主に説明するのと同じことです。
これまでどうやって試練を乗り越え、どんなオポチュニティを使って成長してきたのか。審査員にプレゼンするために、緊張感を持って自分の会社を見ていくと、見えなかったものが見えてきます。自分の考えを改めて整理して、人前で説明できる良い機会だと思います。
日本と海外のベンチャー経営者の違いで言えば、日本は島国ですから、クロスボーダー的な発想にどうしても乏しい。やはりクロスボーダー、クロスカルチャーで苦労してきた会社のほうが強い。日本にも都会と田舎との違いはありますが、文化にそれほど違いはありません。その意味で、日本の会社は何となくひ弱な印象を受けます。
海外では言い合うのが普通です。以前、あるアメリカ人が「日本に5年いると、アメリカで自分が使えなくなる」と言うので、なぜかと聞くと「やさしくなっちゃうから」と答えが返ってきました。
日本のベンチャー経営者はもっと海外に目を向けるべきでしょう。海外に出ることで、もっと自分に刺激を与えることができます。そして、もっと志を高く持つべきです。その意味でも、世界大会であるEYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーは、良い機会を提供してくれると思います。
GEのジャック・ウェルチ曰く
「おまえもジェットコースターに乗ったな」
――ソニーが躍進した時代は、日本もまだ元気があったように思います。
出井終戦後、日本は財閥解体があって、経済体制の新陳代謝が起こりました。その状況下だからこそ、ベンチャーの新興勢力であったソニーは伸びたと見るべきでしょう。要するに古い人がパージされたことで、残った若手で新しいマネジメントができたのです。
一挙に上がいなくなったわけだから、若手は今よりも自由だった。井深大、盛田昭夫という創業者の力はもちろんありましたが、日本の街も工場も全部新しくなっていくわけですから、成長は当然だったと思います。
ところが、今の日本はまだ古いものを抱えたままでいます。ですから、戦後と今を比較すると、今の創業のほうが難しくなっているのです。確かに会社をつくることは今のほうが簡単になりましたが、戦後のようにモノに飢え、数少ない娯楽を求める時代ではありませんから、すぐに何かが売れるわけではない。成熟社会になった今、それだけ新しいビジネスの種を見つけていくのは難しくなっているのです。
――出井さんがソニーのトップを務めていた90年代後半から2000年代初頭にかけて生まれたベンチャー企業と、最近生まれたベンチャー企業に違いはありますか。
出井大きな違いはありません。ただ、たとえばソニー時代に、私がかかわったベンチャー経営者に、マネックス証券(現マネックスグループ)を創業した松本大さんや、フリービットの石田宏樹さんらがいますが、あの頃は技術の変わり目でしたから、ソニーと触れ合うことで大きくなるという例がいくつかありました。
その頃に比べると、今は起業するのは簡単ですが、グローバルで見ても、同じような会社が日々たくさん出てきているわけですから、そこから一頭地を抜くのは以前より難しくなっていると思います。
経営者は、その人が生きた時代との組み合わせによって行く末が決まってくるという側面があります。たとえば、GEのCEOだったジャック・ウェルチは一世を風靡しましたが、ジェフリー・イメルトにCEOが代わって、GEもずいぶん変わりました。時代によって、マネジメントの役割は変わってきます。たとえば、スター経営者が指揮する時代と、スター経営者がつくった歪みを修正する時代があるといったように、です。
私自身もジャック・ウェルチから「おまえもジェットコースターに乗ったな」と言われたことがあります。良い時もあれば、悪い時もある。それが経営者です。今は、それがより複雑な時代になっています。その意味で、大企業に限らず、ベンチャー経営者も難しい時代を生きていると言えるでしょう。
インターネット登場後の
日米の差は、国策の差
――難しい時代とはいえ、海外勢、特にアメリカはアグレッシブに見えます。
出井90年代半ばにインターネットが登場してから、アメリカはアマゾン、グーグル、フェイスブックといくつもの最先端企業を創出してきたわけですが、日本でグーグルと対抗できる企業があるかと言われれば、ないわけです。
伊藤穰一さん(MITメディアラボ所長)が、BI(Before Internet)、AI(After Internet)という言い方をしていますが、現在の日本企業の時価総額トップ10社を見ると、すべてBIの会社です。一方、アメリカではAIの会社がたくさん上位にランキングされています。つまり、アメリカはAI以降の価値をクリエートしてきた国であると言えるわけです。
一方、日本はモノづくりにこだわって、そのまま産業構造を変えずに、インターネット登場後の20年を過ごしてきた。日本は当時、インターネットで新しいプラットフォームが出てきたという認識があまりにも薄く、その認識の差がここまで大きくなってしまったのです。
しかし、それはベンチャーだけ、民間だけが悪いわけでありません。日本という国のシステムが悪かったという側面もあるのです。たとえば、インターネットが登場した90年代半ばは、著作権法の観点から、検索エンジンのサーバーを日本に置くことが禁じられていました。
90年までは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」、「21世紀は日本の時代だ」ともてはやされ、当時はソニーもホンダも元気が良かった。しかし、それ以降、いわば“20世紀の規制”を解消せずに、そのまま日本は21世紀、「インターネットの世紀」に入ってしまった。
一方、90年代にアメリカがインターネットを推進した時は、クリントン政権がスーパーハイウェイ構想のもと、電子商取引や金融関連ビジネスを優遇、推進して、そこからアメリカは独り勝ちしていきました。
ですから、日本では新しい最先端企業が育ってきていないと若い世代を批判する論法もありますが、それはどうかと思います。明らかに日米の国策の違いが関係していますから。
これからの12.5年は
「スマホ」「クラウド」「人工知能」
――出井さんは、いわゆる“20世紀の規制”を外そうと、かつて政財界でいろんな取り組みをされてきました。
出井2001年から政府のIT戦略会議の議長をやって、「ITをもっと使っていこう」という大号令をかけて、インフラ整備を行ってきました。そこまでは確かにやった。ただ、今はもう別の世界に入ってしまいましたね。
最近、よく感じることがあります。それは、日本は過去を振り返りつつ、前に進むフィードバック型で、アメリカは目標を定め、つねに未来へ進むフィードフォワード型だということです。
先日、機上で『ビリギャル』という映画を観る機会がありました。学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格する物語ですが、実はこれは完全にフィードフォワードの話なのです。彼女の周囲のほとんどはフィードバック型ですが、彼女と先生だけがフィードフォワード型だった。
そのように考えると、今の日本を風刺した映画に見えてきます。つまり、ビリギャルのままでいるのが日本企業で、慶應に合格しようとチャレンジするのがアメリカ企業のように見えてしまうということです。
――日本のベンチャー起業家たちに具体的なビジネスのヒント、アドバイスはありますでしょうか。
出井今、世の中の変化は過去に比べて、非常に速くなっていると言えるでしょう。その変化をさかのぼって考えると、次のようになります。黒船来航から終戦までの変化にかかった期間が約100年。戦後、ソニーやホンダが育っていく90年代半ばまで約50年。そして冷戦終結後にインターネットが登場し、パソコン、インターネットの企業が出てきてから、約25年。つまり、100年、50年、25年と世の中の変化のスピードは倍速で進んでいるのです。
今後も倍速で進んでいくとすると、次の変化は、12.5年という短い期間になります。2015年プラス12.5年の年、つまり、2027年くらいまでに大きく世の中が変化していくと考えていいでしょう。その兆候として今始まっているものは、スマホ、クラウド、そして人工知能です。そこにこれからのビジネスのヒントがあると見るべきです。
成功者が起業家を支援すべき
3000社の優良企業を育てるのは難しくない
――特に世間では、人工知能についての注目度が高くなっています。
出井最近話題に上がるIoT(Internet of Things=モノのインターネット)ですが、ネットにつながることが大事なのではなく、つながってデータを処理するほうが大事です。そこに利益が生まれるからです。そこでも、やはり人工知能が重要になってくる。
これから人工知能は急激に変化していくでしょう。今後、皆がスーパーコンピュータを持つ時代が必ずやってくるはずです。これまで日本はIT分野では負けてばかりきましたが、これから日本という国のOSをすべて転換する気で変化していけば、必ず逆転できると思っています。
しかも、今はインターネットの浸透によって、国内にいても海外にいても、すぐにつながることができる時代です。つまり、インターネットは「距離」という概念をなくしてしまった。そこに新しいオポチュニティがあるはずです。これからは単にゲームのアプリを開発するよりも、どんな情報にフォーカスすれば、ビジネスになるのか。そうした情報について、もっと本質的に考えたほうがチャンスをつかみやすいと考えています。
――これからはどんな経営者が求められるのでしょうか。
出井日本は今、ピンチとチャンスの狭間にいると言えます。野球で言えば、リードを許して6回裏を終えたところ。残りの7、8、9回をいかに戦うかで、次の12.5年をいかに過ごしていくかが決まってきます。
その意味で、これからの偉大な経営者というものは、経営をすることよりも、プロデューサー的にアイデアを出す人だと思っています。次の時代を見据えて、もっと若手が活躍できるような投資をしなければなりません。ただ、実はそれはそんなに難しくありません。私がマネックスやフリービットの成長期に関与したように、一人のCEO経験者が3社のベンチャーを育てればいいのです。1000社のCEOがそれぞれ3人を支援すれば、3000社という大きな力になります。
ベンチャー企業が成長期に欲しいのは、信用です。マネックスも「ソニーが応援している証券会社」だったからこそ、皆が信用してくれた側面もあるでしょう。そういったものを現在の大企業のCEOにやってほしいですね。社会貢献としてベンチャー育成を考えるべきでしょう。
そうして、大企業とベンチャーとが両輪となって、日本を元気にしてもらいたいですね。
文:國貞文隆
写真:今祥雄
取材:2015年10月2日
出井伸之(いでい・のぶゆき)
クオンタムリープ代表取締役 ファウンダー&CEO
1937年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、ソニー入社。外国部、オーディオ事業部長、取締役などを経て、1995年社長就任。2000年会長兼CEO就任。内閣官房IT戦略会議議長、経団連副会長、ゼネラルモーターズ、ネスレの社外取締役なども務める。06年クオンタムリープを設立。代表取締役 ファウンダー&CEO就任、現在に至る。12年NPO法人アジア・イノベーターズ・イニシアティブを設立、理事長就任。 著書に『日本大転換』(幻冬舎新書)、『日本進化論』(幻冬舎新書)ほか多数。
“世界一”を決める起業家表彰制度
EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーとは?
EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーは、1986年にEY(Ernst&Young=アーンスト・アンド・ヤング)により米国で創設され、新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称えてきた。過去にはアマゾンのジェフ・ベゾスやグーグルのサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジらもエントリーしている。2001年からはモナコ公国モンテカルロで世界大会が開催されるようになり、各国の審査を勝ち抜いた起業家たちが国の代表として集結。“世界一の起業家”を目指して争うこのイベントは、英BBCや米CNNなど、海外主要メディアで取り上げられるほど注目度が高い。