ここで想像してみよう。何年にもわたって毎日同じ道を通って帰宅していたのに、ある日その道が崩壊し、もう通れなくなってしまった。
他にも道がたくさんあるのなら、1本の道が通れなくなっても、他の道を通って帰ればいい。しかし、家に帰る道がそれしかなかったとしたら、あるいはあなたがその道しか知らなかったとしたら、道が通れなくなることは大きな問題だ。
脳の中の通り道もそれと同じだ。1つの道が劣化し、もう記憶や情報にたどり着けなくなったとしても、マルチリンガル(複数の言語を話す人)の脳内には他にも道がある。
長年にわたって複数の言語を話してきた結果、違う言語の単語、記憶、経験などが蓄積し、たくさんの神経の通り道が形成されてきたからだ。
最新の研究でわかってきたこととは?
夫の母親のウィルヘルミーナはオランダ人で、年齢は80代だ。4カ国語に堪能で、頭もとてもしっかりしている。
最近の研究によって、複数の言語を話すことは脳の健康に有効だということがわかってきた。その研究結果を裏づける高齢者はたくさんいるが、ウィルヘルミーナもその1人だ。
マルチリンガルを対象にした神経科学の研究からさまざまなことがわかってきたが、最近の発見の中で特筆すべきは、複数の言語を話すことは、アルツハイマー病やその他の認知症の発症を平均して4年から6年遅らせるというものだろう。
運動と食事を別にすると、脳の老化を予防するのにここまで効果がある方法は他になく、まさに驚くべき発見だ。
認知症の発症が数年遅れるということは、自立して生活し、人生を楽しめる期間が延びるということを意味する。そしてもしかしたら、孫と一緒に遊び、その成長を見守る人生と、孫が誰だかわからない人生を分けるカギにもなるかもしれない。
2つ以上の言語をつねに使い分けていると、脳内ではより多くの神経の通り道が形成される。加齢による脳そのものの衰えは避けられないが、普通よりもたくさんある神経の通り道が、その衰えを補う役割を果たしてくれるのだ。
もちろんバイリンガル(2つの言語を話す人)も、認知症になれば脳の機能は低下するが、脳内につながりがたくさんあるおかげで、残りの機能をより効率的に使うことが可能になる。
言い換えると、マルチリンガルも認知症にはなるが、その症状は脳が同程度に衰えたモノリンガル(1つの言語のみ話す人)に比べて軽いということだ。