瞬殺される古典不要説
昨今、教育改革が議論されるたびに、古典の必要性が論争になる。
例えば、「ひろゆき」こと西村博之氏は、自身のX(旧ツイッター)で「古文・漢文は、センター試験以降、全く使わない人が多数なので、『お金の貯め方』『生活保護、失業保険等の社会保障の取り方』『宗教』『PCスキル』の教育と入れ替えたほうが良い派です。古文漢文はやりたい人が学問としてやればいいだけで必須にする必要ないかと」と投稿していた。
古典など学んでも、何の役にも立たないというわけだ。
だが、そんな俗説を、大場一央氏著の新刊『武器としての「中国思想」』は瞬殺してしまう。
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【『キングダム』の時代に登場した「諸子百家」】

