第1回
社長就任前に「アップル買収」を提案
宣伝などの担当役員をしていた1993年、出井氏はアメリカ視察で衝撃を受けた。アル・ゴア副大統領のもとで全米規模でのネットワーク構想が進んでいたからだ。
1980年代から交流があったマイクロソフト創業者、ビル・ゲイツ氏の存在にも刺激を受け、出井氏は経営陣に「ソニーもデジタルを柱の1つに据える必要がある」としたレポートを提出。その中では、アップルの買収も提案していた。>>インタビューはこちら
第2回
日本企業で初めて「執行役員制」を導入
1997年、ソニーは日本企業で初めて取締役と執行役員を分ける「執行役員制」を導入した。先進的なコーポレートガバナンスは、デジタル事業と並行して出井氏が推し進めた改革の柱の1つだった。
ほかにも、出井氏が「印象深い」と挙げた取り組みは財務体質の改善。そのために注目したのが100カ所近くあった工場だった。>>インタビューはこちら
第3回
「プラットフォーマー」になれなかった
2003年、いわゆる「ソニーショック」を経験する。当時の世界ではモノから情報への価値の大転換が起こり、利用者から集めたビッグデータを武器とする巨大なプラットフォーマーが立ち現れつつあった。
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